人の話を聴くこと

2019.09.03
原田 眞理

教育相談では,傾聴や受容が大切で,いじめなどの被害にあっている子どもたちの話を聴き,そのままに受け止める,などとおそらく多くの方が学修したことと思う。しかし,これらの学修を実践するのは非常に難しいことである。
一方,話す,という意味を考えてみよう。日本語は同音異義語があり,「話す」「離す」「放す」というように,人は誰かに話すことにより,単に表現するというだけでなく,心の重荷を心と身体から離す・放すという作用もある。「話を聴いてもらって,気持ちが軽くなった」ということは誰でも一度は体験したことがあるであろう。すなわち,一人で抱えていた重荷を,話を聴いてくれた人に共に抱えてもらうということである。共に抱えるというのだから,当然聴き手側もその重荷を引き受けることになる。つまり話した側は心の重荷は減るが,人の話を聴いた側は,なんとなく気が重くなったり,悲しくなったりするものなのである。これを二次受傷という。
このように教育相談は,相手の傷つきや痛み,心の重荷を引き受ける,ということでもある。単に,相手の相談にアドバイスするという,表面的でテクニカルなものではなく,心の理解が伴わないとできないのである。そしてそれは同時に,教員側も心の重荷を引き受けるということになる。たとえば,いじめの被害者がいじめの詳細を話してくれたりしたあとに,辛い思いや,苦しい気持ち,腹立ちが残ったり,自宅に帰っても思い出したり,夢に出てきたりすることがある。これは,それだけ相手の話を親身に聴いたということで良いことではあるが,聞き手の心も傷ついている時に現れる現象でもある。親身になりすぎて,相手の話にのみ込まれてしまったのでは,教員としての役割を全うすることができなくなる。親身になりすぎると,心の距離が近くなりすぎてしまうからだ。相談にのる際は,常に一定の距離を保つことが大切となる。
仮に一定の距離が保てたとしても,教員の心が傷ついているのは変わりなく,教員のメンタルヘルスがバランスを崩しやすくなることがある。全体を見渡すことができにくくなったり,教員も抑うつ的になったりする。その際バランスを保つためには,どのようなことが効果的であろうか。自分なりのリフレッシュの方法を試してみるのも効果的である。それと同時に,冒頭から述べてきているように,やはり教員自身も誰かに話を聴いてもらうことが必要である。同僚,家族,玉川大学で共に学んだ仲間達などに話してみることが大切となる。話して気持ちが軽くなるだけではなく,相談内容を多視点から考えるという側面もあるであろう。そして必要な場合は,専門家の力を借りると良い。
トラウマやPTSD という言葉は現在一般的に使用されるようになり,虐待や交通事故,殺人事件などにより,被害を受けた方々のことが報道されることが多くなっている。教員は学習指導だけではなく,教育相談も担うが,学校内の問題のみならず,さまざまな家庭の問題,事故,事件が生じている現代は,教員の二次受傷について意識をしておくことが大切であろう。

プロフィール

  • 教育学部教育学科 通信教育課程 教授
  • 東京大学大学院医学系研究科(心身医学講座) 博士(保健学)
    日本臨床心理士資格認定協会臨床心理士
    日本精神分析学会認定心理療法士
  • 専門は精神分析、臨床心理学、教育相談、医療心理学。災害関係のトラウマについて研究しているが、特に東日本大震災後の在京避難者支援を行っている。
  • 東京大学医学部付属病院分院心療内科、虎の門病院心理療法室、聖心女子大学学生相談室主任カウンセラーなどを経て現職。
  • 著書:『子どものこころ、大人のこころー先生や保護者が判断を誤らないための手引書』『子どものこころ―教室や子育てに役立つカウンセリングの考え方』『教育相談の理論と方法小学校編』『教育相談の理論と方法中学校・高校編』『女子大生がカウンセリングを求めるとき』『カウンセラーのためのガイダンス』など(含共著)
  • 学会活動:日本心身医学会、日本精神分析学会、日本心理臨床学会、日本教育心理学会 会員