歴史を学ぶ本当の意義

2019.10.02
濵田 英毅

歴史を学ぶ意義は,社会システム(「複雑系」)を理解することです。たとえば,次のような話を聞いたことがないでしょうか。「過去の歴史を学ぶことで,その知恵を現在・未来に活かすことができる」「偉人の生き様を理解することで,自分自身の成長に結びつけることができる」「歴史を学ぶことで教養の幅が広がり,判断力・決断力を培うことができる」。いずれも違う話のようですが,実は全て同じです。社会システムについて理解を深めれば,それが自分の判断・決断のベースになるという理屈を,様々な形で表現したに過ぎません。具体的に説明してみましょう。
選挙で投票する際,我々は何をどのように考え,投票という行動に至っているのでしょうか。選挙では常に複数の争点が話題となっています。できればその全てを同時に解決できる,そういう政党や候補者を望んでいないでしょうか。しかし,そうは上手くいかないのが現実です。社会福祉を充実すれば税金を増やさなければなりませんし,何かを優先すれば何かが犠牲となります。それが「複雑系」と称される社会システムの実相です。
ただ,毎回の選挙で社会の複雑なシステムを真面目に考察する人は稀でしょう。実際のところ,社会に対する無意識的なイメージ(社会観・社会的雰囲気)を判断基準にしていないでしょうか。そのこと自体を否定はしません。しかし,そのイメージが社会システムの複雑さを理解した上での認識でなければ,安易で危険な判断に陥りがちです。

それを理論的に裏づけるのが,システム思考の氷山モデルです。我々が目にする世の中の出来事(一番上の第一層)の背景には,因果関係(第二層)が潜んでいます。しかし,実際の社会は様々な因果関係が複雑に絡み合った構造(第三層)です。そのイメージの上に立ち,我々は社会に対して意識的・無意識的に行動(第四層)しているのです。
大げさなようですが,民主主義社会の命運は,社会システムの認識の深さに拠ります。そして,それこそがまさに歴史を学ぶ真の意義なのです。過去の歴史を学ぶことは,過去の知識を知ること自体が重要ではありません。過去の社会システムの習熟を通して,現代の社会システムを自力で解明する力を培うことが本当の目的なのです。だからこそ,歴史を学ぶことで,現代社会に歴史を知恵として還元できるようになるのです。

プロフィール

  • 所属:教育学部 教育学科
  • 役職:准教授
  • 最終学歴:学習院大学大学院 人文科学研究科博士後期課程 修了
  • 専門:日本近現代史・歴史資料論
  • 職歴:・独立行政法人国立公文書館アジア歴史資料センター 調査員
       ・東京女学館史料編纂室 助手
       ・ミツウロコ石油株式会社
  • 著書:・『児玉源太郎関係文書(尚友叢書18)』
       ・『東京女学館短期大学史』
       ・『香山健一関係文書目録』
  • 学会活動:・日本歴史学会
         ・初年次教育学会
         ・軍事史学会