「さあ、勉強しよう」

2019.11.01
杉山 倫也

この言葉が出ると、その場にいる者たちに軽い緊張感が漂う。
言葉はこう続く。
「今日の発表は誰?杉山くん?」
言葉の主は、土山牧民先生である。かつての大学院文学研究科教育学専攻修士課程・博士課程での「土山ゼミ」授業場面である。
研究室は文学部第2校舎にあった。(現在閉鎖中の大学2号館)外からだと、正面に向かって右側2階、最初の窓のところである。
土山牧民先生は昭和4年(1929年)生まれである。奇しくも、玉川学園創立の年である。本稿を執筆している2019年8月に90歳を迎えられる。玉川学園と同い年である。
「牧民」という名前から察しがつくようにキリスト者であり、牧師である。お父上も牧師であった。この生まれ年にして、キリスト者であったなら、その青春時代にどのような出来事が起こり得たか、容易に想像できる。先生は反発心から特攻隊を志願した。終戦後には国家、教育を疑い、新しい時代を生きる夢も目標も見当てられなかった、という。
そんな折に、小原國芳先生から、お父上に一報があり「玉川っ子」となった。それでも登校拒否を続けていた先生を、小原國芳先生が講演旅行に「鞄持ち」として随行させるようになった。
後に渡米し、神学を修め、Ph.D.を取得された。博士論文はKuniyoshi Obara and the Concept of “the Whole Man”(『小原國芳と全人の概念』)であった。

土山先生が牧師をされていた奈良県の
大和キリスト教会にて(2008年8月)

土山ゼミの研究内容は主として三つの柱があった。
①キリスト教と教育哲学、②アメリカの宗教思想と教育哲学、そして③全人教育思想である。
私たちはこれらに関連したテーマを設定し、発表する。
発表後、最初の関門は学生同士の質疑応答である。先輩も後輩も関係ない。質問する側も緊張する。先生は質問の挙がらない状態をよしとしない。言葉の意味のような小さな事柄、内容的に気になった事柄、あるいは引用の方法や註の付け方、あらゆる角度から質問をする。苦し紛れであっても質問をひねり出す。発表者はその質問に応答する。なんとか自説の正当性を主張しようと頑張る。先生は微笑みをもって(時には憮然たる面持ちをもって)、その光景を見ている。
議論が落ち着いてくると、先生からの容赦ない指摘がやってくる。キリスト教神学、哲学、教育史、そして全人教育の立場からの様々な指摘である。例えば、こんな具合である。
「君のその解釈は実に面白い。でも、それはキリスト教を哲学化した解釈だ。それは論理的になって分かりやすいけれども、宗教からは離れてしまっている。確かに小原先生の思想にも似たようなところもある。でもな、別のところで『懺悔』という概念もでてくる。ここを君はどう説明するのだ。」
ぐうの音も出ない。万全の準備をした(つもりの)発表をバッサリと切られる。軽く論破されてしまう。次の発表までにそこをクリアしようと必死に頑張ってみる。でも、なかなかクリアできず、新たな課題が浮上する。次こそは先生を「あっと言わせる」ような発表をしようと、文献を探し、集め、読み、そして執筆して、と。これの繰り返しであった。(この原稿ですら、心のどこかに「先生に読まれたら、どのような指摘をされるだろうか」という気持ちをもって執筆している。)
何のために勉強していたのか、何を目指していたのか、何になりたかったのか、と問われても答えはない。ただ勉強している状態がこの上なく楽しかったのである。子どもの頃から大嫌いだった勉強を、初めて楽しいと実感できた。ボンヤリとしていた世界がはっきり見え始めた。その場所が土山研究室であった。心から感謝している。
現在、土山先生のお書きになった各種文章を編纂しようと企図している。私の無力さ故に、遅々として進んでいない。お力を貸していただければ幸いである。
(でも、多分こう言われる。「そんな後ろ向きな仕事をしていないで、自分の仕事をしなさい!研究はどうなってるんだ!」)

土山先生によるレポート批評(宗教学)

プロフィール

  • 所属:教育学部 教育学科
  • 役職:教授
  • 最終学歴:玉川大学大学院文学研究科教育学専攻博士課程単位取得満期退学
  • 専門:教育哲学・西洋教育史
  • 職歴:横浜美術短期大学准教授・横浜美術大学教授を経て現職。他に、横浜国立大学・青山学院大学・駒沢女子大学等にて非常勤講師
  • 著書:『子どもと教育』(共著、一藝社、2009年)、『学習経験をつくる大学授業法』(共訳、玉川大学出版部、2011年)、『教育原理』(共著、一藝社、2012年)、『幼児理解』(共著、一藝社、2017年)、『教職のための道徳教育』(共著、一藝社、2017年)、『西洋教育史』(共著、玉川大学出版部、2019年)他
  • 学会活動: 日本教育学会、日本哲学会、教育哲学会、日本道徳教育学会、アメリカ教育学会、日本キリスト教教育学会、生命倫理学会、大学教育学会、初年次教育学会、世界新教育学会(常任理事)