〈ニュース教育〉への誘い

2019.12.02
中西 茂

 前職が新聞記者だったので,全学US科目「マスメディアと社会」を担当している。ひと昔前に新聞記者から大学に転じた先輩の時代なら,新聞やテレビといった既存メディアの話で授業のかなりの部分が成立したはずだが,今はそうはいかない。インターネット社会の問題点を取り込み,グローバルな社会情勢も踏まえつつ,学生が〈情報の海〉を少しでもうまく泳げるようになるよう,工夫をしている。
 学生と接して痛感するのは,何でもネットで済まそうとする割に,ネット上に飛び交う情報の真偽に無頓着なことだ。レポートの課題で,学生がネットから情報を引いてくるのは,大学人ならもはや〈常識〉だろうが,その情報源が確かなものか調べるという常識がない。「このサイトをなぜ参考にしたの?」と問いかけると,「(ネットで)検索したら出てきたので」と答える学生さえいる。
 教育関係のある調査データの中身を示して原典を探すよう指示したら,この調査データを紹介した新聞記事を示した学生も少なからずいた。報道には,それを報じるために用いた調査機関の元データがあるはずだが,「原典」の意味がわかっていないことになる。
 ひと言でいえば,情報を扱う基礎ができていないということだ。高校までにその基礎はある程度身に付けてほしい。「大学ではこういう調べ方をするから,高校でもよろしくお願いします」という高大連携が必要ではないか。
 ともかく,大学生が身に付けるべき汎用的能力のひとつとして,情報活用能力が欠かせない。どうやってそれを身に付けるか。素材に最適なのは日々のニュース報道である。ニュースをどう読み解くのかという〈ニュース教育〉に取り組む教員のネットワークを作りたい。NIE(教育に新聞を)運動の歴史は古いが,新聞がこれだけ身近でなくなった今,紙の新聞だけで教育をしていては置いてきぼりを食らう。
 ニュースを読み解く能力は社会を読み解く能力につながる。とりわけ,次世代の子どもたちを育む教員自身には,真っ先に身に付けておいてほしい能力だ。そう思って,中央教育審議会の教員養成部会に教職課程のコアカリキュラムの案が出てきたときに,委員としてこのことを強調しておいたが,現場では意識されているだろうか。
 情報活用能力というと,どうしても機器の取り扱いとモラル教育が中心になってしまう。しかし,フェイクニュースが情報戦の一環で世界中飛び交う時代には,情報の扱い方を中心に据えた,別の形の教育が必要なのだ。

ニュースを読まない人の割合

(総務省の「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」から作成)

 総務省が毎年実施していている「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」に注目している。SNSでニュースを読む人がここ数年急増し,「いずれの方法でもニュースを読んでいない」という回答が減ってきていたが,2018年度には,10代(13歳以上が対象)や20代で増加に転じた。10代で25.5%, 20代で10%。この数字がさらに増えるようだと,若者のニュース離れは深刻になる。そうさせないために,〈ニュース教育〉に取り組む仲間を増やしたいと思っている。

プロフィール

中西 茂

教育学部教育学科教授。
早稲田大学政治経済学部卒。
2016年3月まで読売新聞記者で編集委員などを務め、長期連載「教育ルネサンス」を立ち上げた。
著書に『異端の系譜 慶應義塾大学藤沢キャンパス』など。
研究対象は教育政策、メディア。