日常を視点にした社会科教材研究

2020.03.05
宮本 英征

下の資料は何を説明した場面だと思いますか。「大運動会」とあるように、運動会の場面でしょうか。それにしても、大人がお酒を飲んだり、演説を熱弁したり……。

資料

会場の草原には「大運動会」「天賦の人権を伸張し」、「 東北の改良を拡張す」と大書した幟(はた)が建てられ、さらに赤地に白で「自由燈」という字を染め抜いた無数の提灯が懸(か)け連ねられて雰囲気を盛り上げていた。

やがて百数十人の「壮士」たちが集い来たり、草の上に腰を下ろして、空き樽にうずたかく積み上げた芋の煮付けを肴(さかな)に大いに酒を飲みはじめる。会の主唱者が、小高い丘の上に登って開催の趣旨を演説し、次いで列座した「壮士」たちも代わる代わる立って演説を行う。-(略)-この賑やかさに、往来の通行人や旅人たちもひとめ見ようとわざわざ道を変更して見物にやって来るほどである。そのため、開会して二時間ばかりたった午後六時頃には、人数がふくれあがって聴衆は数千人にもなる。演説者たちは、飲んで景気をつけては丘にのぼって熱弁をふるい、しゃべり終わって丘を下りるとまた酒を飲み、ますます会はにぎわっていく。宴も酣(たけなわ)の頃、あらかじめ用意してあった大きな綱が原っぱへと引き出され、「壮士」たちは一同座をたって南北に分かれ、綱の両端に取りかかる。そして、一斉に力を入れて引き合ったところ、突然綱が切れて皆が尻もちをついてしまう。そこで綱を強くするために二本合わせて引いたところ、それでも綱が切れてしまう。とうとう三本より合わせて引くことになったときには、それまで傍観していただけの野次馬たちも興に乗って綱引きに参加し、数百人掛かりの大綱引きになったという。
(木村直恵『〈青年〉の誕生』新曜社、1998 pp.72-73,  に読みがなを加えた)

この資料は自由民権運動の活動家「壮士」たちが主催した明治時代の運動会です。政府の様々な条例によって民権派の活動が困難となったことで、各地で「自由運動会」が開催されました。民権派の運動会は、自由の強調と共に政府批判の場でもあり、演説やデモ行進が行われました。また、資料の綱引きのほかにも、騎馬戦や棒倒しなどの競技も行われたのですが、民権派と政府側に分かれ、民権派が勝利するまで繰り返えされることもありました。

私たち(子供たち)の運動会のイメージは、子供たちが主体であり、クラスや学校の団結をはかることが一般的です。下の資料からは様々な疑問を感じることができます。実際に、高校生も「なぜ、『自由燈』という提灯が掲げてあるのか」「なぜ、数千人もの人々が集まったのか」「なぜ、大人が中心なのか」などの疑問を感じました。このような素朴な疑問を授業者が大切にすることで、明治時代の人々や社会についての興味関心を引き出すことができます。また、自由運動会の役割を探究させたり、子供たちが無意識に受容している「自由」という権利概念・思想を改めて問い直したりすることができます※1)。

運動会など子供たちが経験したり、見たり聞いたりする「日常」を教材研究する。そうすることで、主体的に学ぶ姿勢を創り出すだけでなく、深く学ばせることができる社会科授業を組織できるようになります。読者も運動会についてさらに調べてみたくなりませんか。是非、資料にある「綱引き」について教材研究をしてみてください。綱引きが稲作の伝播に関係することや東・東南アジア共通の神事であったことが分かります。そして、子供たちに授業をしたくなると思います。

  • 1宮本英征「近代化への問い-問いの探究学習」原田智仁編著『高校社会「歴史総合」の授業を創る』明治図書、2019、pp.64-71.

プロフィール

  • 所属:教育学部 教育学科
  • 役職:准教授
  • 最終学歴:広島大学大学院教育学研究科文化教育開発専攻修了 博士(教育学)
  • 専門:社会科教育学。特に歴史教育の理論研究、授業開発・評価研究を中心に研究している。最近は、社会科教師との共同研究を進めている。
  • 職歴:広島大学附属中・高等学校教諭及び広島経済大学非常勤講師を経て現職。
  • 著書:『高校社会「歴史総合」の授業を創る』(共著、明治図書、2019年)、『社会形成科社会科論-批判主義社会科の継承と革新-』(共著、風間書房、2019年)、『平成30年版学習指導要領改訂のポイント 高等学校 地理歴史・公民』(共著、明治図書、2019年)、『世界史単元開発研究の研究方法論の探究-市民的資質育成の論理-』(単著、晃洋書房、2018年)
  • 学会活動:全国社会科教育学会、高大連携歴史教育研究会、日本社会科教育学会、社会系教科教育学会、日本教育方法学会、日本カリキュラム学会、日本教科教育学会