わたしの銅像研究事始め

2021.01.05
教育学部教授 寺本 潔

1年ほど前から銅像巡りを始めている。代表格はもちろん、上野の西郷隆盛像や皇居前公園にある楠木正成像であるが、歴史上の偉人だけに焦点を当ててはいない。渋谷駅の忠犬ハチ公の飼い主であった上野英三郎博士(東大教授)との微笑ましい像を見に、先日は博士の生まれ故郷である三重県を訪れた。写真は、その時に津市の久居駅前で撮影したものである。単に、犬を巡る小話ではないかとおっしゃる方もいるが、秋田犬であったハチ公と飼い主の間で交わされた愛情は本当に心温まる。一説には、駅前の店で焼き鳥をもらっていたからハチ公は毎日、出かけていたという見方もあるが、調べてみるとそうでなく、やはり上野博士の帰りを駅で待っていたらしい(一ノ瀬正樹・正木春彦編『東大ハチ公物語―上野博士とハチ、そして人と犬のつながり―』東京大学出版会、2015発行に詳しい)

久居駅前にあるハチ公と上野博士の像(筆者撮影)

吉田松陰の銅像にも逢いに行った。松陰神社(世田谷区)にあるものでなく、地下鉄水天宮駅近くの元箱崎小学校の校庭に設置された座像である。当時、岩井光子さんという6年の女子児童が、病で亡くなる際に、両親に「松陰先生の像を造ってほしい」と願ったことがきっかけらしい。両親は資金集めに奔走し娘の遺志に応えた。像の解説板に記された内容からは、昭和13年の建立式典には時の文部大臣なども参列したというから驚きだ。戦前の修身教育の効果かもしれない。
ところで、銅像は、コロナ禍での取材にもぴったりである。人との接触でなく感染の怖れがなく、アポイント不要が大半。公園や駅前などアクセスのよい公的な場所に立っているため、すぐに見つかる。どういった由来で誰によって建立されたのか、銅像自身のまなざしは?などと類推するだけでも面白い。もちろん、歴史の断片や当時の社会事情なども見えてくる。趣味的な研究として定年退職後にも継続できそうだ。幸いなことに、先生方が購読されている月刊の教育雑誌(明治図書『教育科学 社会科教育』)に4月から連載の機会を得ている。これまで太田道灌や勝海舟、田辺朔郎像なども扱った。多忙な先生方に銅像から垣間見える日本の歴史像や像を取り巻く社会情勢、銅像の建立に努めた関係者の熱い思いを感じ取ってもらえれば嬉しい。銅像から見えてくる世界に「どうぞぅ~」。

プロフィール

  • 教育学部教授
  • 筑波大学大学院修了。教育学修士。
  • 専門は、社会科教育、生活科教育、人文地理学、環境教育論など。
  • 愛知教育大学教授を経て現職。
  • 著書:『子どもの初航海―遊び空間と探検行動の地理学』(古今書院)、『思考力が育つ地図&地球儀の活用』(教育出版)などがある。
  • ⽇本社会科教育学会評議員、日本地理教育学会常任委員など