「性教育」とは?

2021.03.01
教育学部教授 近藤 洋子

「性教育」というと、どのような教育をイメージするだろうか。「生命と性の教育」という授業の最初に、「あなたにとって印象的だった性教育は、どのような内容でしたか」という質問をしている。最も多いのは小学生の初経教育で、次に、中学校で二次性徴や性器の名称、思春期の心の特徴、HIV/エイズについて、高校で性交・受精・出産・中絶・性感染症について保健の時間に学んだことがあげられる。中には、記憶にない、受けたことがないという回答も見られる。受講生にとっての「性教育」は、思春期の性の発達や、生殖や性交にかかわることとして捉えられているようである。

性は人間が自分の存在について考える上でとても大切な要素であり、性の健康な発達がなくては、生涯の心身の健康の実現はない。さらに、インターネット上には性に関する間違った情報が氾濫している。しかしながら、学校の教育課程には「性教育」という科目はなく、学習指導要領の中にも「性教育」という言葉は使われていない。体育科保健の中で、性に関する内容が取り扱われているにすぎず、保健学習は「雨降り保健」ともいわれるように、体育の付け足しのような存在になっている場合も多い。このように、わが国では、性に関する教育は余り重要視されていない現状がある。

世界に目を向けると、UNESCO等が提唱する包括的性教育は、その目的に、自らの健康と幸福(well-being)および尊厳を実現すること、尊重された社会的・性的関係を育てること、個々人の選択が自己や他者の幸福にどのような影響を与えるかについて考えられること、生涯を通じて自らの権利を守ることを理解することをあげている。そして、これらの目的達成のために、科学的根拠に基づいた知識やスキル、態度や価値観を身に付けるべく、5歳を開始年齢とし、発達段階に見合った教育課程を編成することが望まれている。

日本の性教育の先駆者の一人である星野鉄男は、1927(昭和2)年に『性教育に就て』を著し、性教育とは単に性に関する知識の教授だけではなく、人生の全体において真・善・美・聖の価値を実現させる全的教育とし、生物学、医学、心理学とともに倫理学、教育学、美学、社会学、経済学、宗教等の諸科学を合わせ、意育と情育および知育が必要であることを説いている。全人教育とも重なる考え方であり、現代の包括的性教育を先取りしている概念といえる。

冒頭で紹介した「生命と性の教育」は、世間では「性教育元年」といわれた1992(平成4)年度に玉川大学文学部教育学科に開設された科目である。筆者も開設当初より本科目を担当している。夜間スクーリングや夏期・冬期スクーリングで、受講生たちと性教育のあり方について意見を交わしたことは思い出深く、筆者にとっても通学課程の授業とは異なり、多様な価値観にふれることができる学びの場でもあった。「生命と性の教育」では、内容の変遷はあるものの、包括的性教育や星野鉄男等が提唱する性に関する幅広いを参照しながら、受講生が抱いている「性教育」についてのイメージを拡げるというねらいは一貫している。
2020(令和2)年度をもって筆者は定年を迎えることになるが、「生命と性の教育」の受講生たちが、その学びを次世代の子どもたちに伝える「性教育の実践者」として活躍してくれることを願ってやまない。

参考文献

プロフィール

  • 教育学部教授 大学院教育学研究科長
  • 東京大学大学院医学系研究科修士課程(保健学専攻・母子保健学講座)修了、博士(保健学)
  • 専門分野は、母子保健学、公衆衛生学
  • 財団法人日本児童手当協会(児童育成協会)こどもの城・小児保健部、玉川大学文学部教育学科、人間学科を経て現職
  • 著書:「新しい時代の子どもの保健」日本小児医事出版社、「小児保健」ミネルヴァ書房、「保育ライブラリ 小児保健」北大路書房、「子どもの保健と支援」日本小児医事出版社、「子どもの保健」ジアース教育新社、「新 生と性の教育学」玉川大学出版部、「教養としての健康・スポーツ」玉川大学出版部、「「生命と性」の教育」玉川大学出版部(2021年3月発刊予定)など。
  • 学会活動:日本児童学会(会長)、日本小児保健学会、日本公衆衛生学会、日本母性衛生学会、日本学校保健学会など