鉄道唱歌の魅力

2021.05.01
教育学部 准教授  松山 巌

『地理教育鉄道唱歌』第1集の表紙と本文(早稲田大学図書館蔵)

小さい頃,家に歌集があった。明治以降日本で愛唱されてきた歌を1曲1ページで収めている中で,約10ページにわたって延々と歌詞が66番までのっている曲が目を引いた。なんだこれは。それが「鉄道唱歌」との出会いだった。
さらに,それは全部で334番まである歌の最初に過ぎないということを,小学校の高学年の頃,別の本で知った。66番までというのは「第1集・東海道篇」に過ぎなかったのだ。それ以来,「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり」で始まるこの歌が何かと気になるようになり,いつしかお気に入りの歌の一つになった。
この歌は,1900(明治33)年に『地理教育鉄道唱歌』の題で楽譜と歌詞が載った小冊子として第1集から第5集まで刊行され,レコードもない時代に大ベストセラーとなったという。作詞は全て大和田建樹(たけき)(「故郷の空」の訳詞で有名)。「地理教育」とついているように,当時の鉄道路線に沿って,地域の情報や名所旧跡,歴史上のエピソード,名産などが巧みに織り込まれており,文語体の七五調のリズムも心地よい。全編吹き込んだCDを通しで聞いていても(2時間半ぐらいかかるが)飽きることがない。
とはいえ,100年以上も昔の歌詞なので,当時の人々にとっては常識的だったであろう事柄も,今の人が読むと分かりにくい箇所もあるし,そもそも文語体に慣れていないという人もいよう。歌詞をきちんと理解するには,歴史・地理・文学・鉄道史などの幅広い知識を総動員し,かつ作られた当時の時代背景も考慮する必要がある。
東海道篇からいくつか例を挙げてみよう。4番で川崎大師に行く「電気の道」とは何か? 18番「鳥の羽音におどろきし平家の話」とはどんな話? 22番で鞘からひとりでに抜けて草をなぎ払った御劔(みつるぎ)とは何か? 26番の「諏訪の湖水の雪と氷の懸橋」とは? 34番「地震のはなしまだ消えぬ」の地震とは? 51番「岩切抜きて舟をやる 智識の進歩」とは何のことか? 54番で男山に行幸した先帝とは何天皇か? 山陽篇に入って3番「その最期まで携へし青葉の笛」とは? この他,「入り残る」「消え残る」などの「残る」や,「夏も残らずなりにけり」といった表現も,古文や文語体になじみがない人には分かりづらいかもしれない。こうやって並べてみると,「鉄道唱歌検定」が作れそうだ。
歌詞に織り込まれている歴史的なエピソードは,当時の人々にとっては,教科書に掲載されていたり,講談や長唄などの伝統芸能の題材に取り上げられていたり,また本や新聞・雑誌などで触れる機会も多かったと思われる。また,楠木正成など忠義を重んじる人物のエピソードが目立つのは,この時代の教育的な観点であろう。
こういった点も含めて,大学生の頃,歌詞で気になったところを調べてみようと思ったことがあった。今と違ってインターネットなどという便利なものがない時代,頼りになるのは図書館である。歴史上の人物なら人名辞典,地名なら県別地名辞典,といったジャンル別辞典は重宝した。どのジャンルの言葉かも分からないときは百科事典(特に小学館のニッポニカ)や中型国語辞典(広辞苑など)をみると,ジャンルも分かるし最低限の知識も得られるので,その上で必要ならばジャンル別辞典,さらにはワンテーマの図書とすすむ。「最初は広く浅く,次第に狭く深く」という技法をなんとなく身につけた。
いっときは,全334番について,単語の解釈や現代語訳から,さまざまな関連情報まで,この歌詞にまつわるありとあらゆる事柄をできるだけ網羅する「鉄道唱歌大全」のような本を書いてみたいという野望(=無謀ともいう)を抱いたこともあった。しかし,果たせないままに時だけが過ぎ,一方でこの間に鉄道唱歌をとりあげた書籍もずいぶん刊行されるようになり,さらにはインターネット上の個人的なサイトやブログも増えた。これだけ多くの方々が書いていると,もはや鉄道唱歌については語られ尽くしたのではという気もしてくる。
ただ,自分にとってはやはり,何度読んでも新しい発見や疑問がわいてくるし,それを調べるとまた新たな気づきがある。楽しいサイクルだ。本を出すかどうかはともかく,これからも鉄道唱歌と付き合っていきたい。

プロフィール

  • 教育学部教育学科 通信教育課程 准教授
  • 東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。
  • 中学・高校の理科教諭(地学)を経て現職。
  • 専門は図書館情報学(情報資源の組織化を中心に)。
  • 著書:『CD-ROMで学ぶ情報検索の演習』『韓国目録規則3.1版日本語訳』(いずれも共著)など。
  • 学会活動:日本図書館情報学会、日本図書館研究会、日本地図学会など。
  • 関心のある分野は韓国、漢文、フォント、音声学、地質学、確率論など。
  • 趣味はカラオケ、地図読み。
  • 好きなものは辞典・事典、新聞の号外、計算尺、スコア(総譜)、クリスマスの音楽。