「主体的・対話的で深い学び」と当事者性

2021.10.01
湯藤 定宗

学校現場の研修等において「大学の先生だから難しい話をするんでしょう」というネガティブ(否定的)な感情を持たれることがあります。そういった不安を取り除こうと、研修の最初に「私は今日難しい話をしません」という言葉から入ることにしています。そして、「私は今日難しい話をしません」という言葉を聞いた際の気持ちを先生方に選択式で尋ねます。
1.難しい話がないということで安心した。
2.そうはいっても難しい話をするんでしょう。
3.難しい話はあなたには無理なんじゃないの。
初対面の場合、1よりも2が多くなる傾向にあります。脳科学の書籍には「脳の警報システム」が働いているためネガティブ思考が働く、と書かれています。原始時代は命を脅かす危険が至る所に存在していて、常に最悪の事態を想定する必要があり、そうした行動により先祖は生き残ってきたと聞けば、我々のネガティブ思考に納得してしまいます。この脳の特性を利用して、開発したワークを紹介します。
私は「教育課程編成論」という授業の中で、「受けてきた授業の中で興味深かった授業は全体の何割?」と尋ねます。皆さんなら何割と答えますか。ごくたまに5割以上の回答も見られますが、多くは2~3割に留まっています。ネガティブ思考が働いているのか、実際にそのような授業に運悪く当たったのかは分かりませんが、授業のおよそ7割に対する印象はネガティブです。
次に、興味深くなかった7割の授業の要素をできるだけ多く挙げてもらいます。皆さんもこの機会に挙げてみてください。毎回共通して出てくるのが、「教師が一方的に話す、受け身の授業」、「子ども同士の意見交換や活動が少ない授業」、「情報伝達だけで学びが浅い授業」などです。
さらに、各人に挙げてもらったネガティブな要素をポジティブな要素に表現し直してもらいます。例えば、「教師が一方的に話す、受け身の授業」なら「教師の端的な説明・魅力的な質問と子どもの積極的な発言がある授業」に変換します。また、「子ども同士の意見交換や活動が少ない授業」なら「子ども同士の意見交換や活動が多い授業」、さらに「学びが浅い授業」なら「学びが深い授業」に変換します。そうすると、現行の学習指導要領の最重要キーワードの一つである「主体的・対話的で深い学び」に繋がります。
そして、次の問いかけをしてから、授業を始めるのですが、その回はいつもにも増して受講生の前のめり度が高いように感じます。その問いかけとは「皆さんが近い将来行うことになる授業は、3割に入ることができますか?」です。どうして、前のめり度が高くなるのでしょうか。それは、最初の質問は、受けてきた授業を受講者の立場から評価すればよかったのが、最後の問いかけは、授業者としての当事者性を持たざるを得ない構成になっているからです。子どもたちにとって興味関心の高い授業も同様で、子どもたちに当事者性をいかにして持たせることができるのかが重要な要素だと、私は考えています。このことは、OECD
(経済協力開発機構)が「Learning Compass 2030」(https://www.oecd.org/education/2030-project/teaching-and-learning/learning/learning-compass-2030/)の中でもagency(当事者性)という用語を使って説明しています。興味がある方は、上記URLから調べてみてください。英語が苦手の方にも「Learning Compass 2030」は日本語で読めるようになっています。当事者性については、スクーリングを通して皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
最後に、今回の私の話は難しかったでしょうか。

プロフィール

  • 所属:教育学部教育学科通信教育課程
  • 役職:教授
  • 最終学歴:広島大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。修士(教育学)。
  • 専門: 教育経営学
  • 職歴:
    ・広島大学教育学部助手(2000年度)
    ・岡山短期大学幼児教育学科(2001~2002年度)
    ・岡山学院大学人間生活学部(2003~2005年度)
    ・帝塚山学院大学文学部(2006~2013年度)
    ・玉川大学教育学部(2014年度~現在に至る)
  • 著書:
    ・『学びたい beyond』(編著、デザインエッグ社、2020年)、
    ・『教育課程編成論【新訂版】』(共著、玉川大学出版部、2019年)
    ・『子どものために「ともに」歩む学校,「ともに」歩む教師を考える』(共著、あいり出版、2019年)
    ・『講座現代の教育経営1 現代教育改革と教育経営』(共著、学文社、2018年)
    ・『公教育の問いをひらく』(共著、デザインエッグ社、2018年)
    ・『学びたい Unlearn』(編著、デザインエッグ社、2018年)
    ・『学校教育制度概論【第二版】』(編著、玉川大学出版部、2017年)
    ・主要論文として「教育経営研究の有用性と教育経営研究者の役割」(単著、日本教育経営学会論文誌、60号、2018年)などがある。
  • 学会活動:
    日本教育経営学会、日本教育行政学会、日本教育制度学会、関西教育行政学会、アメリカ教育学会、中国四国教育学会 会員