展示とのであい
2024.08.01
萩原 哉
令和3年度に実施された文部科学省社会教育調査の報告によると、日本国内には5771館もの博物館があるという。ひとくちに博物館といってもさまざまな種類や形態があり、「もの」をあつかう博物館や美術館、「いきもの」をあつかう動物園や植物園、水族館などもその範疇に含まれるが、いずれも基本的な機能として、「もの」や「いきもの」である資料を収集、保管(育成を含む)して、調査研究をおこない、それらの成果にもとづいて展示をおこなうことで、教育的、文化的な資源として活用することに共通点がある。
各地の博物館では、学芸員による収集、保管、調査研究の成果にもとづいて、さまざまな内容や形態の展覧会が開催され、常設展示についても定期的な展示替えがおこなわれている。毎年、国内の博物館で生み出される新しい展示は相当な数にのぼり、それらのすべてを把握することは不可能ともいえるが、各地の博物館に頻繁に足を運び、さまざまな展示とのであいをくり返していくと、人生の方向性さえも左右するような魅力的な展示とのであいが訪れることがある。
栃木県に生まれ育ち、やがて仏教美術史の研究を志すことになった私にとって、1989年に栃木県立博物館で開催された企画展「祈りの造形-下野の仏像-」は、そうした展示のひとつといえる。この企画展では、栃木県内の各所や関連する諸地域に伝わる奈良時代から江戸時代までの仏像の優品100件あまりが展示され、下野の地に花開いた仏教文化の豊かさが紹介されていた。幼少期から歴史に興味があり、家族旅行などで奈良や京都の古刹を訪れ、著名な仏像を拝観する機会にも恵まれた私は、飛鳥、奈良、平安という古い時代につくられた仏像が、自分の目の前に存在していることに感動をおぼえ、高校に入学する頃までに仏像というものに対する強い関心を抱くようになっていた。その頃の私には、古い時代の魅力的な仏像は、奈良や京都の古刹にあるものという思い込みがあったが、高校2年生の時のこの企画展とのであいをとおして、実は自分が生まれ育った身近な地域にも、古代・中世にさかのぼる貴重な仏像が数多く伝わっていることに気づかされることになった。そして、地域の歴史や文化にかかわる調査研究をおこない、その成果の一端を展覧会というかたちで紹介することができる、学芸員という仕事にも関心を抱くようになった。
大学は歴史系の学科に進み、大学院への進学とともに本格的に仏教美術史の研究にとり組むようになった。大学院進学後は、国内の仏教美術作品のみを対象とすることに限界を感じ、日本の仏教美術の直接の源流となった中国の仏教美術作品や仏教遺跡についての調査研究に重点をおくようになった。そのいっぽうで、国内のさまざまな地域に伝わる仏教美術作品についても精力的に調査研究をおこない、新発見または再評価されるにいたった資料を、展覧会の企画などをとおして紹介するとり組みを続けてきている。
近年では、2020年の秋に栃木県鹿沼市の医王寺で開催された鹿沼まるごと博物館第6回企画展「とちぎの宝 医王寺の至宝」、2021年の年明けから横浜市歴史博物館で開催された特別展「横浜の仏像-しられざるみほとけたち-」などに、監修や協力としてたずさわった。現在も、2025年1月から長野県の上田市立美術館での開催を予定している「上田の仏像展(仮題)」に実行委員会のメンバーのひとりとしてたずさわっている。そうしたとり組みをとおして、地域の歴史や文化の一断面を示すことが、歴史や文化に対する人々の関心を高め、さらには日本の文化をより明瞭に理解するための新たな視点を提供することにもつながると考えるからである。
私がそうしたとり組みを強く意識するようになったきっかけは、高校2年生の時の企画展「祈りの造形-下野の仏像-」とのであいにあった。今後もさまざまな展示とのであいを楽しみながら、いつしか私自身も、多くの人々の記憶にのこり、将来を考えるきっかけを提供することにもつながるような、魅力的で充実した内容の展示を実現してみたい、そのようなことを考えながら、仏教美術史の調査研究と博物館の展示にかかわる活動を続けているところである。
プロフィール
- 教育博物館 准教授
- 最終学歴:青山学院大学大学院文学研究科史学専攻 博士後期課程 単位取得満期退学
- 専門:仏教美術史、中国・日本美術史、博物館学
- 職歴:
・総本山善通寺宝物館学芸員、武蔵野美術大学、法政大学、東洋大学、実践女子大学などの非常勤講師・兼任講師を経て、2022年より現職。 - 著書:
・『医王寺の仏像』(共著、宗教法人医王寺、2012年)
・『日本美術全集 第3巻 奈良時代Ⅱ 東大寺・正倉院と興福寺』(共著、小学館、2013年)
・『東洋美術史』(共著、武蔵野美術大学出版局、2016年)
他 - 展覧会:
・「HOKUSAI A JAPANESE ICON」(企画協力、Millesgarden Museum,sweden、2018年)
・企画展「とちぎの宝 医王寺の至宝」(監修、東高野山医王寺、2020年)
・特別展「横浜の仏像-しられざるみほとけたち-」(協力、横浜市歴史博物館、2021年)
他 - 学会活動他:
・美術史学会会員、日本印度学仏教学会会員
・横浜市文化財総合調査団主任調査員
・鹿沼市文化財保護審議会委員