教科としての図画工作を考える

2025.02.01
石川 秀香

私は、1983年の3月に本学の当時は文学部芸術学科に所属する美術専攻を卒業して、その年の4月から同じ学科の副手として勤め始めました。その頃は、通信教育における図画工作関係の授業を芸術学科美術専攻の先生方が分担して受け持っており、その年の8月に当時の教授のもとで初めて夏期スクーリングのお手伝いをさせていただいたのが、本学通信教育部との最初の接点ですから、実に40年以上も前からのお付き合いということになります。当時の私は、美術専攻のデザインコースに籍をおいて、通常はコースで学ぶ通学課程の学生の授業支援を行っており、美術や造形の専門領域とは異なる、教育のための基礎造形を学ぼうとする通信教育の学生の真剣な姿が大変印象的でした。
もちろん私も、小学校では他の児童とともにごく普通に図画工作科という授業を受けて来ましたし、美術・造形の分野に進もうと思った大きな要因は、子どもの頃に受けた図画工作科の授業とその担当教師の影響が大きかったことは言うまでもありません。大学時代は、美術や造形という専門領域の中で、それに関わる技量と知識について広く深く習得するということを当たり前のように行いました。ただ授業という活動として考えてみた場合に、取り扱う材料や用具類、そしてそれらを用いて行われる作業については、もちろん程度の違いはありますが、内容的にはほとんど変わらないのです。ですから、かつての私は夏期スクーリングで通信課程の学生が受講している図画工作と、自分が大学で受けた美術や造形関係の授業とは、本質的に何が異なっているのだろうという思いを持っていました。その時に目にしたものが、通信教育のテキストに記載されていた「(教科)図画工作」というタイトルです。そういえば、小学校で行われた授業のことを「教科」と呼んでいたということを思い出し、通信教育で学ぶ学生は、将来子どもたちに図画工作科という「教科」を教えるために美術や造形を学んでいるのだということを改めて意識した次第です。
「図画工作科」という教科名は、今ではごく自然に耳に入りますし、私自身も小学校では何の疑問を持つこともなくこの教科の授業を受けてきました。しかし明治期の学制頒布以降、およそ150年におよぶ日本における学校教育の歴史を紐解いてみると、「絵画を主体として活動する教科」と「工作を主体として活動する教科」はもともと別個に存在し、発生の時期も歩んできた道筋も全く異なるものでした。また、「技術を重視する教育」と「美術を重視する教育」が社会情勢の変化とその歴史的な変遷によって影響し合い、現在の図画工作科の礎をつくって来たのです。図画工作の授業で、絵を描いたり何かを作ったりしたということは、誰もが記憶していることだと思います。でも、そのことが子どもの育ちや社会に対してどのように関わり、なぜ学校教育の現場においてそのようなことが行われてきたのでしょうか。
図画工作科は、しばしば教科観がつかみ難い教科であると言われますが、絵を描く、何かを作るという行為はもちろん学校以外でも行われていますし、その行為そのものには教育という概念がありません。それでは、教科とはいったいどのようなものなのでしょうか。学校では、先人がつくり出し発展させてきた文化的要素を核として授業を行いますが、そのことを踏まえて教科という言葉をとらえてみると、二つの事柄が見えてきます。一つ目は、人間がつくり出した文化的諸相の中で、とくに社会において有益とされる事柄を抽出し、子どもが学びやすいようにコンパクトにまとめたものであるということです。そして二つ目は、その抽出した文化的諸相が本質的に含んでいる教育性に着目して、それを子ども一人一人の自己実現のために、より効率よく発現させることができるようにしたものであるということです。
図画工作の授業では、主たる活動において材料や用具類といった実材を扱うために、その成果としての制作物(作品)が残されることから、どうしてもその出来具合に対して人の目が向きがちとなってしまいます。しかし本当に大切なことは、活動の結果として残されたものではなく、活動を通して子どもの中に培われた資質や能力にあるのです。言い換えるのであれば、図画工作科はその特性として材料や用具という実材を扱う教科ではあるが、それらを扱うことによって、実は子どもの心を育てているということになります。図画工作科の学習指導要領から、授業における活動のイメージを表面的に読み解こうとした場合に、ついこの教科における本質的なねらいを見失いがちになってしまうということをしばしば耳にします。しかし、指導要領を人間の体に例えて骨に当たる部位だと考えてみてはいかがでしょうか。この教科の本質をしっかりととらえてさえいれば、教育現場の状況やその時々の子どもの実情に応じてどのような肉付けを行うのかは教師次第ということになるはずですから、本学の通信教育で学ばれたことを糧として、是非とも授業での新風を吹かせてください。皆さん方のこれからのご活躍に大いなる期待をいたします。

プロフィール

  • 氏名:石川 秀香
  • 所属:教育学部 教育学科
  • 役職:教授
  • 最終学歴:玉川大学 文学部 芸術学科 美術専攻(文学士)
  • 専門:児童造形教育・玩具・遊具研究開発
  • 職歴:
    ・玉川大学 文学部 芸術学科講師(1993~2002年)
    ・玉川学園女子短期大学 非常勤講師(1996~1997年)
    ・玉川大学 教育学部 教育学科講師(2002年~現在に至る)
  • 著書:
    ・『保育・幼児教育シリーズ 表現の指導法』(共著、玉川大学出版部、2014年)
    ・『(教科)図画工作』(共著、玉川大学通信教育部、2006年)
  • 学会活動:
    ・日本児童学会(学会員 事務局・事業)
    ・日本児童安全学会
    ・日本おもちゃ会議