車内放送における駅名の発音

2026.08.01
松山 巌

最近の通勤電車の車内放送では、駅名案内については車掌の肉声ではなく事前録音された音声を使用する路線が増え、それとともに、日本語とあわせて英語の放送も流れるようになった。国際化対応の一環なのであろう。ただ、そこで気になるのが、アナウンスに含まれる駅名や路線名など、固有名詞の発音である。

車内放送の言い回しは路線によって若干違うが、一例を示すとこんな感じである。This is やまのて line bound for しんじゅく and しぶや. The next station is たかだのばば. Please change here for せいぶしんじゅく line. (なお「アルファベットで表記した部分は英語の発音で、ひらがなで表記した部分は日本語の発音でアナウンスしている」というつもりで見てほしい)

別の路線では、Next stop is よよぎうえはら. The stop after よよぎうえはら will be しもきたざわ. という具合である。

つまり、地の文はきれいな英語の発音であるが、固有名詞は完全に日本語式の発音なのである。

日本語をきちんと学んではいない人が、ローマ字で書かれた日本文を読み上げて挨拶するような場面で、英語の発音やアクセントやイントネーションのくせが抜けず「ワターシワ、CaliforniaノLos Angelesカラ、キマーシタ」式の発音をするようなことはあるだろうが、それは単に母語の影響が色濃く残っているだけといえよう。

一方、録音された車内放送の場合は、地の文は完全にきれいな英語なのに対して固有名詞だけが完全に日本語式という点で、初学者の発音のケースとはかなり事情が異なる。そして、それを採用したということは、鉄道会社としてもそのような発音の方が好ましいと考えているのであろう。

この問題は、車内放送に英語が登場した頃からネット上でもたびたび話題に挙がっていた。そして、当初は固有名詞も英語式に(例えば東京なら[トウキオウ]のような感じで、「トウ」にアクセント。横浜なら[ヨウコハーマ]のような感じで、「ハー」にアクセント)発音している路線が多かったように記憶している。そして、私の感覚とは逆に、「駅名の発音が英語風になまっているのはおかしい。日本の地名なのだから日本語式に発音すべきだ」という意見が多いのである。これは現在のSNSでも同傾向のような感じがする。そして、そういった意見を考慮したのかどうか、そのへんのいきさつはわからないが、最近の路線では固有名詞を日本語式に発音する路線が増えたように感じられる。(この部分はきちんとデータを調査しているわけではなく、あくまでも筆者の体感である)

しかし、そもそも英語のアナウンスは誰のためのものであろうか。いうまでもなく、日本語を聞き取れる人であれば日本語のアナウンスを聞けば済むのだから、「日本語だと聞き取れない(あるいは聞き取りづらい)けれど、英語であればよりよく聞き取れる」という人向けと考えられる。そういう人は、必ずしも英語を母語としている人に限定されない。つまりEnglish as a Lingua Francaとして機能しているわけだ。

そう考えると、英語のアナウンスの中で「日本語の聞き取り能力」まで要求するのは無謀である。必要な情報は最初から最後まで「英語耳」の状態で聞いてもらうようにすべきではないか。

固有名詞はなるべく地元の発音に近いほうがよい、あるいはもっと広げて外来語は元の言語の発音に近いほうがよい、というのはもっともな主張である。ただし、そうはいっても限度というものもあろう。たとえば日本語で話している中に、外国の固有名詞や外来語が出てきたら、そこは原語から外れて、日本語風になまって発音されるのが普通だろう。つまり、基本的には日本語としての音韻体系に則る(どこまでを日本語の音韻と認めるか、細部では議論があるだろうが)。母音や子音は日本語で使われている音の範囲内で(もしなければある音に置き換えて)発音する。アクセント、母音の長短の区別、イントネーションなども日本語におけるルールに従う。したがって、たとえば英語由来のthinkとsink、rightとlight、farmとfirmなどは日本語の中で外来語として使われる限りは同じ発音になる。それが外来語というものであろう。

もちろん、元の言語を母語とする人や、その言語に習熟している人が、元の言語の発音上の特徴を残して話すことはあるだろうが、そうでない「ただの日本語話者」に対してまで「そのような発音が望ましい」とまで主張するのは行き過ぎだと考える。

英語風になまっているアナウンスを「変だ」と言っている人にきいてみたい。もし、外国人(より正確には日本語を母語としない人)が、流暢な日本語で「私はカリフォルニア州のロサンゼルス出身です」と自己紹介したら、「あなたの発音はおかしい。キャラフォーニャ州のラセインジュルス出身でしょう。米国生まれなのに英語の発音もまともにできないのですか」と指摘するのだろうか。

何度か韓国・ソウルの地下鉄に乗ったが、主要駅については英語だけでなく日本語と中国語のアナウンスも流れていた。そのうち日本語については、カタカナ表記をふつうに日本語として読んだ発音である。当然、地元の韓国語の発音からしたらなまりがあるが、そういうのはおかしいというのだろうか。韓国に限らず、外国の鉄道や空港や施設などで日本語の案内放送があったとき、固有名詞だけは現地語で発音すべきだというのだろうか。ガイドブックでもネット情報でも日本語なまりのカタカナで書かれており、それを見て観光しようという人に、地元語の聞き取りを要求するのだろうか。実際、「日本に来るからにはアナウンスを通じて日本語としての正しい地名の発音を知ってほしい」という主張をみたことがある。

それができるぐらい「語学耳」に優れた人なら、車内アナウンスの英語風発音を「おかしい」と主張する資格もあるかもしれない。しかし、そういう人は外国語を学ぶ苦労も知っているだろうから、あまりそういう主張はしないようにも思われる。

むしろ、英語のアナウンス自体はよく聞き取れない人が、駅名の部分だけが耳に入ってきて、日本語の感覚で「発音がおかしい」と素朴に言っているということも考えられる。日頃の雑談やSNSへの投稿であればそれはありうるだろう。しかし、鉄道会社がその方針を採用するとなると話は違ってくる。はたして鉄道会社が考え方を改める日は来るのだろうか。

プロフィール

  • 教育学部教育学科 通信教育課程 教授
  • 東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。
  • 中学・高校の理科教諭(地学)を経て現職。
  • 専門は図書館情報学(情報資源の組織化を中心に)。
  • 著書:『Webで学ぶ情報検索の演習と解説』『韓国目録規則3.1版日本語訳』(いずれも共著)など。
  • 学会活動:日本図書館情報学会、日本図書館研究会、日本地図学会など。
  • 関心のある分野は韓国、漢文、フォント、音声学、地質学、確率論など。
  • 趣味はカラオケ、地図読み。
  • 好きなものは辞典・事典、新聞の号外、計算尺、スコア(総譜)、クリスマスの音楽。