大学で学ぶということ

2013.11.28
有賀 亮

皆さんは社会人学生として本学で学んでいるわけですが、皆さんは専業主婦の方もいれば、定職についている方、あるいはアルバイトの方もいると思います。共通して言えることは、免許・資格・卒業というようにその目的が明確だということです。ドイツの教育学者・ケルシェンシュタイナーが、人間の生活はその目的を追求するところに展開すると述べていますが、目的を明確に持つことが重要だと思います。

しかし、自己の目的を実現することだけでなく、学ぶ機会を得ている現状において、大学で学ぶということの意味を是非認識していただければと思います。

そもそも大学の教員の仕事は、大学の教員は基本的には湾内の水先案内人のようなものなのですから、皆さんが座礁しやすい湾内を無事に外海(真理)まで出られるように、皆さんに変わって舵取りをする仕事です。皆さんは水先案内人のアドバイスを受けながら自力で湾を出て、真理を求めて大海原に本船を出帆させていただきたいのです。あえて真理を求めて荒海に乗り出す学生もいれば、残念ながら多くの学生に見られがちなことですが、湾内一周の遊覧船の船長で終わる学生もいます。また、なかには手漕ぎボートで終わる学生もいます。

すべての授業に関して言えることですが、大学の授業において学問を学ぶということは一体何を意味するのかということをもう一度よく考えていただきたいのです。どのような船舶に乗ることになろうとも、大学において学問を学ぶということは、如何に教育学的なものの見方、考え方を養うかと言うことです。学問を通して科学的な、あるいは学問的なものの見方、考え方を育成していただきたいのです。このものの見方、考え方の根本を貫くものは、自己の理性の権威に従う「批判精神」であるということです。学問の客観的な真理に基づき、自己の理性において厳しく吟味する姿勢を大事にしていただきたいのです。

もう一つ、教養とは博識ではなく、態度が重要だということです。礼節や常識を忘れた民族にならないように、品位のない言動は慎まなければなりません。

そのような点で、毎年のスクーリングのことですが、皆さんの受講態度に敬服しております。ほとんど私語がなく、真剣に授業を聞く姿勢は、教師自身が学生から教えられることになります。また、授業の最後に皆さんから拍手を頂くことがありますと、全身に流れる熱いものが禁じえません。再び、通大の教壇に立とうという思いがこみ上げて来ます。と同時に、皆さんにしてもこの間直接教師から学ぶ機会を得たことを忘れることなく、日々の学習にいそしんでいただきたいと思います。

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 教授
  • 玉川大学大学院博士課程満期退学
    早稲田大学大学院博士課程修了 博士(人間科学)
  • 玉川学園学術研究所、玉川学園女子短期大学を経て現職。
  • 専門分野に関しては、教育学における西洋教育史・教育哲学を中心に研究を進めていましたが、近年はそれに加えて教育工学における授業研究(分析)の研究も進めています。
  • 著書:『ペスタロッチー・フレーベル事典』(共著)、『教師論』(共著)、『新説教育の原理』(共著)
  • 学会活動:日本教育学会、日本教育工学会、日本教育心理学会 会員