広く浅く書を読もう

2014.07.02
松山 巌

教員という仕事をしていると,毎年必ずといっていいほど「大学生として必ず読んでおくべき本は?」といった質問を受けます。そのたびに何と回答したものか悩むのです。果たして「大学生としての」必読書なるものがあるのだろうか,と。「あなたにとっての必読書」ならたぶんあるでしょう。しかし,一口に大学生といっても,学年・年齢,学部・学科,今学んでいる科目,修得済みの知識,趣味・嗜好など,1人1 人に違いがある以上,「あなたが読むべき本」もそれぞれで異なるはずです。「立場上の必読書」とでもいうべきものもあるでしょう。たとえば,教職を目指す人なら学習指導要領やその解説。また,通大生ならばレポートや論文の書き方に関する本はぜひ読んでおいてほしいものです。もちろん,テキスト履修で指定されている教科書も必読書です。でもそう言うと相手は不満げです。もっと教養を深めたり,人生の糧になるようなものを求めているようです。しかし,そういったものは結局の所,いろいろ読んだ中から自分で見つけるしかないのではないでしょうか。手当たり次第でいいのです。また,「立場上の必読書」と異なり,試しに読んでみたがつまらないとか自分に合わないとか思ったら,途中でやめてもいいのです。そんな中で,最後まで読んで自分の気に入ったなら,それが結果的に必読書だったということになるのではないでしょうか。

そうはいっても何か指針のようなものがないと,手当たり次第と言われても……というのであれば,「大学生にすすめる本」とか「ブックガイド」といった類の本が何種類も出ていますので,参考にするといいでしょう。ただしあくまでも参考です。そこにリストアップされた本を全部読まないと一人前とは見なされない,などということはありません。読書は卒業単位ではありませんから。また,この手の本は往々にして,人文科学系の古典的な教養書を中心にとりあげてあるものですが,それに限定する必要もありません。社会・自然・応用科学などの学術書はもちろん,ビジネス書や趣味の本や小説や児童文学や絵本など,幅広く読みたいものです。

最近ある学生に「読んで面白かった,良かった,と思った本は何ですか」と聞かれました。これなら自分自身のことなので回答できます。といっても,たくさんありすぎるので,その中から何度読み返しても飽きが来ず,新しい発見のある本を2 点だけ。1 つめは,鈴木牧之(ぼくし)『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』(岩波文庫など)という江戸時代後半の書で,著者は越後・塩沢の人。内容は一言でいうと雪国百科全書。もちろん文語体ですがそんなに難しくなく,記事の寄せ集めなのでどこから読んでもOK です。もう一つは松本清張『点と線』。社会派ミステリーの嚆矢(こうし)と呼ばれる作品ですが,トリックの謎解きもさることながら,刑事が出かけたあちこちの旅先の場面での描写がとても印象的で,その時代のその街の空気が伝わってくるようです。

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 助教
  • 東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。
  • 中学・高校の理科教諭(地学)を経て現職。
  • 専門は図書館情報学(情報資源の組織化を中心に)。
  • 著書:『CD-ROMで学ぶ情報検索の演習』『韓国目録規則3.1版日本語訳』(いずれも共著)など。
  • 学会活動:日本図書館情報学会、日本図書館研究会、日本地図学会など。
  • 関心のある分野は韓国、漢文、フォント、音声学、地質学、確率論など。
  • 趣味はカラオケ、地図読み。
  • 好きなものは辞典・事典、新聞の号外、計算尺、スコア(総譜)、クリスマスの音楽。