失敗は成功へのプロセス

2014.09.03
中村 香

カンボジアのクッキー

先日、学生が「カンボジアのお土産です」と、研究室までクッキーを持ってきてくれた。約1ヵ月間、カンボジアで教育ボランティアをしていたらしい。携帯で撮った写真を見せながら、浅黒く焼けた笑顔で話してくれた。彼は元気な姿を見せてくれたが、渡航中には食あたりなど、いろいろと大変な思いもしたようだ。「現地の病には、日本の薬よりも現地の薬の方が効きますよ」と教えてくれ、頼もしくなっていた。学期中は勉学とアルバイトに励み、次の休みには、中東の方へ行きたいと言っていた。

楽しかったことのみならず大変だったことをも笑顔で語る彼は、カンボジアへ行く前から今のように頼もしかったわけではない。研究室に来ては、期待と共に不安を漏らしていた。彼は、海外生活が長い私に「先生は、どうでした?」といろいろ尋ねては、「大丈夫ですよね?!」と確かめていた。彼にとっては、初めてのバックパッカー、初めてのカンボジア等、何もかもが初めてづくしだったからである。

彼に限らず誰でも、初めてのことをする時には不安を覚えやすい。最初から何でもできる人は居ない。慣れないことをすると、失敗をしたり、悔しい思いをしたり、叱られたりすることもある。失敗を恐れるのか、何かにチャレンジをする前から、「どうせ無理」「できない」と諦めてしまう人も居る。

しかし、諦める前に少し考えてみて欲しい。何をもって失敗や成功と言うのだろうか。失敗したと思ったのであれば、なぜ失敗したのか、どうすれば良かったのか等を考え、その経験を次に生かせば良いのではないだろうか。生涯学習や成人学習論の観点で考えれば、失敗は成功へのプロセスである。

例えば、前述のカンボジアへ行った学生も、新たなことにチャレンジしたので、いろいろと大変な思いをした。食あたりで苦しんだことも、失敗と言えば失敗かもしれない。日本から持参した薬を飲んでも効かなかった時は、心身ともに辛かったことであろう。だが、そのような大変な経験をしたり、現地の人々の温かさに触れたりしたからこそ、自分の人生を切り拓く知恵や自信を得られたのではないだろうか。

カンボジアのクッキーを頂いていたら、経営学者として世界的に著名なドラッカーの言葉を思い出した。彼は著書『マネジメント』の中で、「成果とは長期のものである。すなわち、まちがいや失敗をしない者を信用してはならない」と説いている。そのような者は、「見せかけか、無難なこと、下らないことにしか手をつけない者」だからである。「人は、優れているほど多くのまちがいをおかす。優れているほど新しいことを試みる」のである。

本稿の読者のみなさんは、どちらであろう。失敗を恐れて無難に過ごそうとすることが、一概に悪いとは言えない。だが、社会化のプロセスの中で、失敗への罪悪感や恐れが刷り込まれていないかということを問い直してみると、学び方の地平や将来の可能性が拡がるかもしれない。

学生が教育ボランティアをしている様子
  • P.F.ドラッカー『マネジメント―基本と原則』(上田惇生編訳)ダイヤモンド社、2001年、pp.145-146。

プロフィール

  • 通信教育部 教育学部教育学科 准教授
  • お茶の水女子大学人間文化創成科学研究科  博士(学術)
  • 専門は、生涯学習論、組織学習論、成人学習論、社会教育学。
  • 多国籍企業に約10年間勤めた後、留学等を経て、現職。
  • 主な著訳書は、『生涯学習のイノベーション』(編著、玉川大学出版部、2013年)、『ボランティア活動をデザインする』(共著、学文社、2013年)、『生涯学習社会の展開』(編著、玉川大学出版部、2012年)、『学校・家庭・地域の連携と社会教育』(共著、東洋館出版社、2011年)、『学習する組織とは何か』(単著、鳳書房、2009年)、『学びあうコミュニティを培う』(共著、東洋館出版社、2009年)、『成人女性の学習』(共訳、鳳書房、2009年)など。
  • 学会活動:日本教育学会、日本社会教育学会、日本学習社会学会、日本産業教育学会、日本キャリアデザイン学会 会員