通信大学のスクーリングについて思うこと

2022.03.01
富永 順一

 通信教育での思い出や学生の皆さんにお伝えしたいことをという事ですので、雑文を書かせていただきます。字数も限られていますので、以下の文では玉川独自の教育思想や用語があるのですが、それらの説明が必要な事項については、適切な解説がなされている参照先を示しましたので、そちらを参照しつつお読みいただけると幸いです。
 1969年、私は玉川学園中学部に入学しました。その頃は、玉川学園のキャンパスには、中学部、高等部、大学にそれぞれ玉川では塾と呼ぶ寄宿施設があり、多くの地方からの学生もここから授業に通っていました[1] 。私自身は自宅から通う通学生でしたが、中学部では、塾生達が帰省している夏季休暇の時期は、通学生が塾に何泊か宿泊して主に学内での労作教育[2]をする労作活動をしていました。
 当時の通信大学は、小学校教員の免許が取得できる通信教育は珍しく[3]、非常に多数の通信教育生が全国に在籍し、夏のスクーリングの参加者は膨大な数になり、彼らの宿舎となったのは、学内にあった大学の塾や近隣の下宿・アパートなどで、普段は玉川の通学過程の学生が入居していて彼等の夏休みでの帰省中の空き部屋を使っていたようです。部活動や労作合宿で学園に来ていた中学生の私も、普段のキャンパス内以上に大勢の通大生で溢れている熱気を感じていました。そもそも日本の学校の夏期休暇は、夏は暑くて授業にならないから休暇になるのに、その時期に大学の校舎や大体育館などの、まだエアコンもなく、扇風機が何台か回るだけの校舎で熱心に授業を受けている様子は大変だったと思います。一方、夜になると、当時はまだ農学部で飼育していた牛の牧草地だった経塚山[4][5]あたりは、通大生たちのデートコースでもあったようで、その近くに塾があり労作合宿で泊まっていた私達中学生にはちょっと刺激的でしたが、こうしたスクーリングで知り合って結ばれた通大生達も多かったのではないかと思います。
 時代が下がって1977年のこと、玉川の創立者小原國芳先生は91歳になられていましたが、6月に最愛の奥様を亡くされ、ご自身も体調を崩されていました。それでも、夏のスクーリングの講義だけは続けたいということで、ドクターストップをふりきって大体育館で800名の通大生を前に点滴を受けながら講義をされていました[6]。当時私は大学3年生で、夏のスクーリングでアルバイトをしていました。この小原先生の講義の出席カードを配る担当の一人だったので、その様子を遠くからですが目の当たりにすることができました。元気だった頃に比べてすっかり痩せられ、点滴を受けながらも大勢の通大生の前で振り絞るように熱弁をふるう小原先生の教育に対する熱意には一種鬼気迫るものすら感じました。
 その後、私は中学部の数学・情報担当の教員を経て、2002年から大学で算数教育、情報教育、基礎数学等を担当することになり、今度は通信大学のスクーリングの授業も担当することになりました。多く担当したのは教科算数や算数科指導法などの科目です。
 大学で小中の教員を目指す学生達の基礎数学を教える様になって特に感じたことは、彼らの多くが数学の基本的な考え方が定着していないことでした。その大きな要因は彼らが数学を「暗記科目」として捉えていること、つまりとりあえず公式と計算方法だけを憶えておいて、テストの問題に対処することだけしかしてこなかった事にあるように思いました。もちろん彼らの受けて来た授業では、もっと数学の本質にせまる原理の授業もされていたのでしょうが、そこは全く入っておらず、取りあえず練習問題が解ける便法だけでその場をしのいでいたのだと思います。そのために入試や数学検定のような比較的広範囲の中から出題されるような試験には、公式が覚えきれない、あるいは、どの公式を使ったら良いのかわからない、というような状況で諦めてしまう学生が多かったようです。
 例えば、数学で関数の分野では、関数とは入力となる変数 x に対する出力である変数 y の関係を考えるものなので、ある一つの関数の表現の仕方が数式でありグラフでもあるということを理解することが大切です。数式をグラフで表現したり、グラフから数式を予想したりして、常に数式とグラフの関係性を考えておくと問題の見通しが良くなるのですが、数学が苦手とか嫌いという学生は、関数の問題を解くときにグラフを描きません。グラフと言っても手書きのなぐり書きで構わないので、それを描いて考えれば簡単な問題をひたすら式だけをいじってみたり公式を必死で思い出そうとしたりして苦しんでいます。
 これはおそらく小学校の算数でも、特に算数が苦手だと思う子どもたちにとっては、同様な問題があるのではないかと思います。例えば、「分数÷整数」の計算は、わる数(整数)をわられる数(分数)の分母にかければ良いのですが、それを結果だけ、つまり、

を憶えるだけになっているのではないかと思います。算数教育を学ぶ大学生にとって、この計算式を導き出す方法が思いつきません。多くの学生は c で割るのは、cの逆数の 1/c をかければ良いとするのですが、この段階でその方法は使えません。小学校の分数の計算は、分数の加法・減法(同分母、異分母)、分数×整数を学んで初めてこの分数÷整数の計算が出てきます。逆数の計算は分数☓分数の計算がわからないと逆数の概念は使えないので、この時点で逆数を使った説明はまだできません。そのため、上記の計算は面積図を使ったり、わり算の性質を使ったりして、計算方法を考えるのですが、このプロセスが大切です。
 現在の小学校の算数の教科書は過去のものに比べてページ数が増大しています。これは、20年ほど前から10年間にわたったいわゆる「ゆとり教育」の時代よりも学習内容・学習時間が増えたことも一つの要因ですが、それ以上に上記のような計算を導き出すのに様々な考え方を紹介している事が大きな要因です。これは、本来であれば授業の中で児童の中から引き出したい考え方ですが、実際にこうした複数の考え方を見いださせるのは、かなり難しいところでもあり教師の経験と力量の差も大きい部分です。そのため教科書では多くの考え方を紹介する形で丁寧に説明してあり、そのためにページ数も増大しています。
 子どもたちはおそらくそうしたプロセスよりも、とりあえず結果として上記のような計算方法を知っていれば、計算問題を解くのに十分なので、教師の意図に反して、結局その結果だけしか身につかないかもしれません。例えば受験などの試験対策を中心とした学習塾では方法だけを確認して、むしろ計算ドリルを解く事が中心の指導になるのではないでしょうか。しかし、小学校の授業は、それではいけないと思います。重要なのは数学的な性質や公式について、それを導き出すプロセスや考え方の基本をしっかり身に付けさせる事でしょう。そうした過程を経て、本来の意味での学力となっていくのであって、算数・数学を好きになる事につながるし、さらには、理科や社会科の学習でも理由や因果関係をしっかり理解することの重要性もわかるのではないでしょうか。教師を目指す学生ですら、これらの科目を暗記科目ととらえているのは残念です。
 スクーリングでの算数科指導法の授業では、これまでここに力を注いで授業を行ってきたつもりです。これから教師として教壇に立つ皆さんには、ぜひともこうした理由や考え方を疎かにしない授業を目指してほしいと願っています。

プロフィール

  • 教育学部教授
  • 玉川大学工学部工学研究科生産開発工学専攻博士課程修了(工学博士)
  • 専門:数学教育・算数教育、情報教育
  • 職歴:
    ・玉川学園中学部教諭(数学)(昭和60年4月~平成14年3月)
    ・玉川大学文学部教育学科講師(平成14年4月~平成18年3月)
    ・玉川大学教育学部教育学科准教授(平成18年4月~平成23年3月)
    ・玉川大学教育学部教育学科教授(平成23年4月~現在)
  • 著書:
    ・「小学校算数 改訂第2版」、守屋誠司編著(共著)、玉川大学出版部、2021.9
    ・「小学校指導法 算数 改訂第2版」 守屋誠司(共著)、玉川大学出版部、2019.9
    ・「教育現場で役立つ情報リテラシー」 守屋誠司(共著)、実教出版、2020.3
  • 学会活動:
    ・日本数学教育学会評議員