この手がありましたか! "働きバチ"の「奥の手!?」―不測の事態を可塑性で乗り切るキアシナガバチの繁殖戦略を解明-

2021.03.26

概略紹介:

アシナガバチをはじめとする真社会性※1ハチ類の働きバチ(ワーカー)は、自身と血縁にある個体、すなわち「妹や弟」を育てることで、自らと相同の遺伝子を間接的に次代に継承する繁殖戦略をもち、働きバチは血縁個体の育児の場である自らの巣に留まり労働に従事することが期待されます※2
ところが、働きバチは時として自らの巣を離れ、他巣へと入り込む「ドリフティング」と呼ばれる行動をとることが確認されていました。この現象の意義は、これまでにミツバチやマルハナバチなどを含む「真社会性ハナバチ」を対象とした研究が行われてきましたが、アシナガバチやスズメバチといった「真社会性カリバチ」については研究が殆ど進められていませんでした。
本学大学院農学研究科博士課程の西村正和研究生と小野正人教授は、本学園の自然豊かなキャンパスに真社会性カリバチの一種であるキアシナガバチ(図1)が多く生息する環境を活用し、本現象について調査を行いました。そして、DNA分析に基づく家系識別の手法を用いて、屋外の実験環境下でドリフトした働きバチが遺伝的つながりの無いホスト(入り込み先)の巣に入り込んで1)防衛や造巣などの利他行動を示すこと、2)その一方で巣内で無精卵を産み、孵化した仔(雄)がホスト巣内で養育されることを温帯産の真社会性カリバチ類で初めて確認しました。
この結果は、専門の学術雑誌Entomological ScienceにOnline掲載され、捕食者の襲来や台風などの自然災害など予測が困難で不安定な環境の中においては、いわば“相互扶助”的な行動が、真社会性ハチ類の広範な種で自然選択される可能性を強く示唆しました。

図1 研究対象となったキアシナガバチ(撮影:小野正人)

左上:創設女王と巣(単独営巣期)左下:娘の働きバチが羽化後は母と娘の協同営巣
右:チョウ目の幼虫を捕えて肉ダンゴにする

  • ※1…
    動物種において1)親子2世代以上の個体が同居し(世代重複)、2)育児を協同して行い、3)繁殖とその他の仕事の分業がみられる(労働分業)、という3つの条件を満たす社会のことを指します。
  • ※2…
    ハチの仲間では、原則的に雌は受精卵(2倍体)、雄は無精卵(1倍体)から発生します。女王(母)が1匹の雄(父)と交尾した場合、受精卵から発生する娘に1倍体の父由来の遺伝子の全てが伝承されるために「娘-娘(姉妹)」間で遺伝子が共有される期待値(平均0.75)が「母-娘」間のそれ(0.5)よりも高くなります。そのような状況下では、働きバチは雌であるにもかかわらず、巣を離れて自らの仔(0.5)を残すよりも巣に留まって妹(0.75)の世話をする方がより多く(0.25相当)の同祖遺伝子を残せることになるので得と考えられるのです。

論文タイトル:

Evidence of alternative reproduction by drifting workers in the Japanese paper wasp, Polistes rothneyi Cameron, 1900 (Hymenoptera: Vespidae)
日本産キアシナガバチ、Polistes rothneyi Cameron, 1900 (ハチ目: スズメバチ科)におけるドリフト・ワーカーによる代替繁殖の証拠

掲載誌と掲載日:

Entomological Science
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ens.12457
2020年12月22日

著者:

西村 正和、玉川大学大学院農学研究科 博士課程単位取得(研究生)※掲載当時
小野 正人、玉川大学大学院農学研究科 教授(責任著者)

内容:

キアシナガバチは日本に在来する肉食性の「真社会性カリバチ」です。本種は山間部から都市部まで幅広い環境に分布する大型のアシナガバチで、チョウやガの幼虫を捕食することで生態系のバランスを保つ役割を担っています。
真社会性を進化させたハチの仲間の巣では、繁殖を担う「女王」と、巣の一切の労働を担う多数の「働きバチ」とが同居し、社会生活を営んでいます。日本をはじめ、冬のある温帯の気候帯に分布するアシナガバチ種では、春先に冬眠から覚めた女王が単身で巣の創設と子育てを開始します。初夏に女王の娘である働きバチが羽化して以降は、巣内で繁殖と労働の「分業」が成され、巣は急速に発展を遂げ、最盛を迎える夏の終わり頃から次世代の繁殖個体である「新女王」と「雄」が生産されます。その後、創設女王や働きバチの寿命が尽きるに従い巣の勢力は衰え、秋の深まりとともに巣は解散を迎えます。そして、新女王のみが秋に雄と交尾をして腹部の受精のうに雄から受け取った精子を蓄えて越冬し、翌年に単独で巣の創設を開始する、という1年性の生活史をもちます(図2)。

図2 キアシナガバチの巣の発達(撮影:西村正和)

左:女王が単独で創設した初期巣、中:巣に持ち帰った肉ダンゴは幼虫の餌、右:繁殖個体産生期の成熟巣

働きバチは全て雌性の個体であり、多くの種では働きバチも潜在的に繁殖能力を持っています。ハチの仲間は「受精卵から雌が、無精卵から雄が発生する」という単倍数性の性決定様式をもつため、働きバチも無精卵を産むことで自らの仔である雄を生産することは可能です。しかし、働きバチたちは通常は自ら積極的に繁殖しようとしません。それは、彼らが形作る社会(コロニー)は親子や姉妹等の濃い血縁関係にある個体同士で構成されるため、働きバチは自ら繁殖を行わなくとも血縁者、即ち「自らと共通の遺伝子をもつ個体」を介して自らの遺伝子を間接的に次の世代へと継承することができるためです。したがって、働きバチが自らと相同の遺伝子を次世代に残す上では、「自らの巣で同じ遺伝子のコピーを共有する血縁者である妹や弟の世話をする」ことが重要であると考えられます。
ところが、真社会性ハチ類では、時として働きバチが自らの巣を離れ、他の巣へ入り込む「ドリフティング」と呼ばれる現象が生じることが予てより報告されていました。この現象については、主にミツバチやマルハナバチといった真社会性ハナバチを対象に研究が行われてきており、ドリフトした働きバチがホスト(入り込み先)の巣で繁殖を行い、自らの仔である雄を生産している例の報告が成されていました。しかし、アシナガバチやスズメバチなどの真社会性カリバチでは本現象に関する研究は少なく、働きバチによるドリフトは複数の種で観察されていたものの、ドリフトした働きバチによる雄生産が行われることの直接的な証拠はこれまでに得られていませんでした。今回、我々は「真社会性カリバチ類においてもドリフトした働きバチによる雄生産が成される」という仮説のもと、キアシナガバチを対象として、野外の実験環境下での検証を試みました。
まず、野外で調査しているキアシナガバチのコロニーの働きバチの胸部背面に、巣ごとに異なる色でマーキングを施しました。この操作により、働きバチによるドリフトが発生したタイミングとドリフトした働きバチの出生を明確に把握することができるようになるのです。そして、働きバチによるドリフトが確認されて以降、2週間にわたり経過を観察したところ、ホストの巣の中に1つの卵と2個体の若齢の幼虫が認められました。それらの卵と幼虫がホストとドリフトした働きバチのどちらの家系に由来するものであるかを明らかとするため、DNA分析に基づく家系識別を実施した結果、それらがドリフトした働きバチの仔であったことが確認されました(図3)。この結果は、温帯産の真社会性カリバチ類において、ドリフトした働きバチがホストのコロニーで雄生産を試みていたことを初めて直接的に示したものとなりました。加えて、ドリフトした働きバチがホストの巣で、あたかも自らの巣を守るかのように防衛行動を示すことが観察されました。これらの結果は、働きバチによるドリフティングと、それに伴う雄生産が真社会性ハチ類の広範な種で生じていることを強く示唆するとともに、本現象がドリフト個体とホストのコロニーの双方に相利をもたらし得るものであることを示唆しています。

図3 ホストの巣の中で養育されるドリフト働きバチの仔(撮影・作図:西村正和)

左:巣内で育てられていた蜂児(→で示す。卵は写真上で視認できないため、点線でその位置を示した)
右:ホスト巣内から得られた卵と若齢幼虫のDNA分析の結果※3

  • ※3…
    「マイクロサテライト」と呼ばれるDNA領域を分析することで、家系を特徴づける遺伝子型のパターンを可視化することができます(図3右は、遺伝子型のパターンを「バンド」の形で模式的に示したものです)。ここで、ある家系に特異的に見られる遺伝子型を持つ個体は、その家系に由来する個体であると推定することができます。今回の調査では、「ドリフト働きバチの出生コロニー」と「ホストコロニー」のそれぞれを特徴づける遺伝子型のパターンを予め把握した上で、ホスト巣内から得られた蜂児の遺伝子型と照合し、それらの蜂児がドリフト働きバチの家系に由来する遺伝子型をもつことが確認されました。このことから、ドリフトした働きバチの仔の養育がホスト巣内で行われていたことが明らかとなりました。

キアシナガバチは強大な捕食者であるオオスズメバチ、アシナガバチの幼虫や蛹を専食するヒメスズメバチ等の天敵と同所的に生息し、台風等の「外的要因」による撹乱を受け、常に自らの巣が廃絶するリスクを少なからず抱えていると考えられます(図4)。このような環境において働きバチがドリフトし、ホストの巣で自身の仔を残す行動をとることは、本現象が働きバチにおいて非常時用の「奥の手」の繁殖戦略として進化し、機能してきたことを示唆するものと考えられます。

図4 外的要因による撹乱を受けるキアシナガバチの巣の例(撮影:西村正和)

左:天敵ヒメスズメバチによる捕食を受けた巣、右:台風により地面へと落下した巣

今後、ドリフトした働きバチとホストのコロニーのそれぞれが享受する利益や、ドリフティングが発生する条件等の解明を進めることで、本現象の生態学的重要性や働きバチの存在意義についての理解が深められることが期待されます。