遺伝子から見たミツバチの「頭の良さ」:
学習関連行動時に活性化する3つの新規な初期応答遺伝子を発見 -英国王立昆虫学会誌に掲載-
2017.11.30
ミツバチは、花蜜と花粉を高い効率で採集してくるという有用な形質を持つことから、養蜂業や作物受粉に広く利用され、数少ない家畜昆虫として人類の生活に大きく貢献しています。
この効率の良い採餌活動は、ミツバチが持つ昆虫の中でも際立って優れた学習・記憶能力が可能にしていると考えられます。巣と餌場の位置関係を尻振り時間と角度に変換して仲間に伝える「8の字ダンス」が有名ですが、異同のような抽象概念の認識・学習までも可能とされています。
本学大学院 農学研究科の宇賀神篤博士(現 JT生命誌研究館)らの研究グループは、東京農業大学生物資源ゲノム解析センターと共同で、ミツバチの「頭の良さ」に関わる可能性のある3つの遺伝子を新たに同定し、学習・記憶を伴う採餌関連行動中のミツバチの脳内でそれらの遺伝子が活性化していることを明らかにしました。本研究成果は英国王立昆虫学会誌 “Insect Molecular Biology”に11月2日付けでオンライン公開されました。
論文タイトル
Identification and initial characterization of novel neural immediate early genes possibly differentially contributing to foraging-related learning and memory processes in the honeybee.
(ミツバチにおける新規な初期応答遺伝子の同定と性状の解析-採餌に関連した学習・記憶過程に異なる様式で寄与する可能性-)
著者
- 1)宇賀神 篤:
玉川大学大学院農学研究科応用動物昆虫科学研究分野 日本学術振興会特別研究員(PD)/(現)JT生命誌研究館 奨励研究員(*責任著者)
- 2)内山 博允:
東京農業大学生物資源ゲノム解析センター 博士研究員
- 3)宮田 徹:
玉川大学農学部生産農学科 准教授
- 4)佐々木 哲彦:
玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター 主任、教授
- 5)矢嶋 俊介:
東京農業大学応用生物科学部バイオサイエンス学科 教授
- 6)小野 正人:
玉川大学大学院農学研究科応用動物昆虫学研究分野 教授、農学研究科長、農学部長
内容

脳全体で神経活動を誘導するため、麻酔したミツバチの単眼から微小ガラス管により薬剤を投与する
神経が活動すると、それに伴い一部の遺伝子が一過的に活性化(=発現上昇)します。脊椎動物では、こうした「初期応答遺伝子」と呼ばれる遺伝子が、学習・記憶に重要な役割を果たすことが報告されています。ところが、ミツバチを含め昆虫においては、初期応答遺伝子の種類や脊椎動物との類似性・相違性さえほとんど明らかになっていませんでした。
宇賀神篤博士と内山博允博士を中心とした研究グループは、人為的に神経活動を誘導したセイヨウミツバチを準備し(図1)、その脳内で発現上昇している遺伝子を高速シーケンサーを用いて網羅的に探索しました。その後の絞り込み実験から、最終的に、新規な初期応答遺伝子として3遺伝子を同定することに成功しました。

通常飼育している蜂場(左)から畑地(右)へ巣箱を移動し、新たな環境を覚えるための定位飛行をミツバチに行わせる
意外なことに、これらの遺伝子のうち採餌行動時に発現上昇していたのは1遺伝子のみでした。一方で、学習・記憶と関係したもう一つの代表的な行動である「定位飛行」(巣の場所を覚えるための飛行)の際には(図2)、3遺伝子とも発現上昇が確認されました。「記憶の形成(覚えること)」が主として行われる定位飛行に対し、餌場と巣を繰り返し行き来する採餌行動では「記憶の読み出し(思い出すこと)」が多く行われると考えられます。定位飛行時にのみ発現上昇していた2遺伝子が記憶の読み出しに特異的に寄与し、採餌行動時にも発現上昇していた1遺伝子は記憶の形成から読み出しまで様々な過程に関わるのかもしれません。
脊椎動物(特に哺乳類)では数十種類もの初期応答遺伝子が知られています。ミツバチではこれまでに初期応答遺伝子が3遺伝子知られていたのですが、今回の結果と併せてもわずか6遺伝子しか持たないことになります。さらに、今回新たに発見した3遺伝子は、いずれも脊椎動物では初期応答遺伝子としての性質を示さないものでした。米国のグループによるショウジョウバエを用いた研究も踏まえると、昆虫と脊椎動物とでは持っている初期応答遺伝子の種類・数ともに大きく異なることが支持され、動物界全体を見渡して学習・記憶の仕組みの進化を考える上でも重要な成果と言えそうです。