クロマルハナバチの繁殖における適応戦略
-女王にとって自力で営巣するより、他巣を引き継いだ方が得

2018.01.23

図1.訪花するクロマルハナバチ
(左:トマト、右:ブルーベリー)

クロマルハナバチは、花々の送粉を通じて自然界の生物多様性を支えるポリネータ―として、また農業における施設栽培作物の授粉昆虫として大きな貢献をしている日本在来の真社会性ハナバチです(図1)。営巣習性について、女王は単独で巣作りを開始する能力をもち、げっ歯類の廃巣などの地中の空洞を利用して自力営巣していると考えられていました。
本学大学院農学研究科博士課程の松山日名子研究生と小野正人教授は、営巣場所を探しているクロマルハナバチの女王は単独営巣できるものの、条件が整えば単なる空洞よりも既に他の女王が巣を作っている場所を強く選好すること、引き継ぐと巣の成長速度が速まり、生殖虫である新女王やオスの生産が有利になることなどを、室内の検証実験で明らかにし、専門の国際学術誌Entomological Scienceにonline掲載されました。この発見は、クロマルハナバチの新しい適応戦略の存在を示唆するという学術的な側面だけでなく、農業で利用される授粉昆虫としてのマルハナバチ類を効率よく工場生産するための技術開発のヒントを与えるという応用面にも資する可能性があると期待されています。

論文タイトル:

Nest takeover by queen and its positive impact on colony development in the Japanese bumblebee Bombus ignitus (Apidae: Hymenoptera)
日本在来種クロマルハナバチにおける巣の引き継ぎがコロニー発達に及ぼす効果

掲載誌と掲載日:

Entomological Science
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/ens.12300/full
2018年1月17日

著者:

松山 日名子、玉川大学大学院農学研究科博士課程単位取得(研究生)
小野 正人、玉川大学大学院農学研究科 教授(責任著者)

内容:

日本在来種のクロマルハナバチなど温帯産マルハナバチ種の女王は早春に越冬から目覚めた後、単独で齧歯類の廃巣などの狭い空洞を見つけ営巣を開始する能力をもっています。女王は適当な営巣場所を見つけると体からロウを分泌し自力で小さな巣をつくり、花粉や蜜を集めて産卵を開始します。やがて卵からかえった幼虫が最初のワーカーとして羽化するまでの約1か月間、女王は1頭ですべての仕事をこなさなければなりません。ワーカーが羽化すると餌集めや巣作り外敵防御などの労働はワーカーが担当、女王は産卵に専念して分業が成立し、夏から秋にかけて巣は大きく発達します。秋になると巣の中では、来年女王になる新女王とオスといった生殖虫の生産が開始され、冬になる前に巣を創設した母親の女王とワーカーは役割を終えて命が尽き、巣は衰退の一途をたどります。新女王とオスは巣を離れ、各々別々の巣由来の配偶者と交尾し、腹部の受精のうにオスから受け取った精子を蓄えた女王は、来年の早春までの長い越冬に入るという、一年性の生活史を繰り広げています。
以上のように、女王が単独で営巣を開始できる能力をもつマルハナバチ種であるにもかかわらず、野外で異なる2種が同じ巣内に混在していたという報告があり、先に営巣していたマルハナバチ種を後から越冬から覚めた別種の女王が襲い巣を乗っ取ったことにより生じた現象とされていました。その原因は、早春に越冬から覚めて営巣場所を探す女王の数の多さに比べて、適当な空洞が野外には少なすぎるために奪い合いが起きているためと考えられていました。
本研究では、後から巣に入り込んでそれを引き継いだ女王と引き継がれた巣の間に、もし適応度に影響を与える効果があるのであれば、それは単なる営巣場所数の制限要因だけではなく、少し遅めに越冬から覚めた女王は積極的に巣の引き継ぎや乗っ取りをしかける可能性があるのではないかと予測し、実験室内での検証を試みました。

図2.営巣を開始したクロマルハナバチの女王
(左:他巣を引き継いだ女王、右:自力での営巣開始)

クロマルハナバチの女王に「営巣に適した小さな空洞の巣箱」と「内部に既に巣がつくられている巣箱」の2つを与えて選択させたところ、空いている巣箱を選ばずに、既に巣がつくられている巣箱に誘引されて、その孤児巣を引き継いで産卵し、実の仔では無いワーカーと共同生活を開始したのです(図2)。そして、その孤児巣から羽化したワーカーは、その引き継ぎ女王の産んだ卵から孵った幼虫の世話をし、巣は大きく成長することが分かりました(図3)。このように引き継ぎをした巣では、女王が1頭で自力営巣した巣よりも有意に多くの卵室(*)をつくり巣の成長が早く、生殖虫(図4)の羽化も早まりました。特にオスについては、その生産数も引き継ぎの巣の方が有意に多くなる傾向にありました。

図3.大きく成長したクロマルハナバチの巣
(左:引き継ぎした巣、右:自力営巣、各々の一例)
図4.クロマルハナバチの配偶行動
(左:新女王、右:オス)

以上の結果は、基本的に単独営巣が可能なクロマルハナバチの女王ですが、他巣に入り込んで巣を引き継ぎその巣のワーカーを利用して営巣するという選択によって適応度を高める戦略が存在することを強く示唆するものです。また、引き継がれた孤児巣のワーカーも無精卵を産むことによって生殖虫であるオスの生産に寄与し(**)、適応度を保障できる可能性も考察され、巣の引き継ぎという現象が、引き継ぐ側と引き継がれる側の両方にメリットがある相互扶助の関係にあることも示されました。今後、野外での実証的な調査、DNAの解析によるコロニー内の遺伝構造の精査などが期待されますが、本研究によって、クロマルハナバチの生殖戦略における新たな一面が明らかにされることとなりました。

  •  *:
    卵が5~10個入っている小部屋
  • **:
    ハチの仲間は、受精卵からメス。無精卵からはオスが発生する単倍数性の性決定様式をもつ