"孫太郎虫" の親は 花が好き!~奄美大島から「花粉食のモンヘビトンボ」を発見~

2021.02.10

(ポイント)

  • 一般に “水生昆虫” として知られるヘビトンボ類のなかに、成虫が花を訪れ花粉を食べる種がいることを、世界で初めて発見しました。
  • 花を訪れた成虫が花粉媒介に寄与することを示唆する状況証拠も提示しました。
  • 今回の発見をきっかけとして、謎の多い夜行性のヘビトンボ科成虫の暮らしぶりが今後、少しずつでも解明されていくことを期待します。

(概要説明)

熊本大学大学院先端科学研究部の杉浦直人准教授と玉川大学大学院農学研究科の宮崎智史准教授は、一般に “水生昆虫” として知られているヘビトンボ類のなかに、成虫が夜間に花を訪れ、花粉を摂食する種(アマミモンヘビトンボ)がいることを初めて明らかしました。また、本種がたんなる訪花者でなく、植物の相利共生者(花粉媒介者)であることを示唆する状況証拠も提示しました。これらの研究成果は謎につつまれているヘビトンボ科成虫の陸上での夜の暮らしぶり(食生活)の一端を明らかにするものです。本研究の成果は令和3年2月8日に日本昆虫学会誌「Entomological Science」にオンライン掲載されました。

(説明)

[研究背景]

広翅目(こうしもく)は センブリ科とヘビトンボ科からなる小さな分類群(世界に約400種)で、完全変態する昆虫のなかで起源の最も古いグループのひとつとされています。このうちのヘビトンボ科(モンヘビトンボ類とヘビトンボ類)では、「孫太郎虫」と称され民間薬として用いられることもある水生の幼虫の生態は比較的よく解明されていますが、陸生である成虫に関しては、夜行性であることもあって、何を食べるのか等も含め、野外での暮らしぶりが謎につつまれています。現在までのところ、小昆虫や樹液を摂取したという簡単な報告があるに過ぎません。本研究では、奄美大島の固有種であるアマミモンヘビトンボNeochauliodes amamioshimanusの成虫(図1)を対象とした3年間にわたる野外調査によって得られた以下の知見を報告しています。

[主な研究成果]

①花粉付き成虫の発見と訪花植物種の特定: 2018年7月、灯火に飛来したアマミモンヘビトンボ成虫の体表(特に頭部や前胸、脚など体の前方)に黄色の細粉が付着していることに気がつきました。走査型電子顕微鏡を用いて詳しく調べたところ、それはツバキ科の高木であるイジュSchima wallichii ssp. noronhae(図2)の花粉であることがわかりました(図3A, B)。2018年と2019年の7月に調査した成虫18匹(4♂14♀)のうち、14匹(1♂13♀)が花粉を付着させていました(図3C, D)。そのなかには昼間、葉裏や壁面で休止中のところを発見した全個体(1♂6♀)が含まれていました(図1・図3C)。昼間も花粉を付着させたままだったのは、本種の成虫が脚を使って体表の清掃(グルーミング)を行なわないためでした。

②訪花目的の特定: 2020年6~7月に46匹の成虫(17♂29♀)からその排泄物を採取して調査したところ、36個(12♂24♀)の排泄物からイジュ花粉がみつかり、そのうちの7個(3♂4♀)には特に大量の花粉粒が含まれていました(図4A)。このことから、成虫の訪花目的が花粉摂取であると判明しました。また、ヘビトンボ科では複数の種で飼育下の成虫が液状物(たとえば砂糖水)を摂取すると報告されていることから、雄しべの根元付近にある花蜜も摂取している可能性が高いと推測されました。

③訪花個体の確認: 2020年6~7月の7晩にイジュの開花木近辺で活動中の成虫を計27回発見し、訪花個体も7回確認しました(図4B)。高木上の花を訪れていたこともあり、その訪花行動を詳しく観察できませんでしたが、成虫は多数の雄しべが輪状に密生する花の中心部に頭部を突っ込んでいました(図4C)。訪花の間、位置を変えては頭を突っ込むことを繰り返すため、花あたりの滞在時間は長く、ある個体はひとつの花で約3分、別の個体は隣接する2花で計11分を費やしていました。

以上の調査結果を考えあわせると、「アマミモンヘビトンボの成虫は、雌雄に関係なく、イジュを訪花して花粉(と花蜜)を摂食する習性をもつ」と結論できます。古くから昼行性のセンブリ科には採餌目的で訪花する種がいると示唆されていましたが、それを実証した事例はありません。また、ヘビトンボ科においても、そのような種は知られていません。そのため、本研究は「広翅目昆虫のなかにも訪花習性をもち、花粉食の種が存在することを、自然下において実証した初の事例」であり、謎につつまれているヘビトンボ科成虫の陸上生活の一端を具体的に明らかにするものです。
ヘビトンボ科のモンヘビトンボ属Neochauliodesはアジアの熱帯~温帯域に分布するアマミモンヘビトンボを含む46種からなります。また、その分布域と大きく重なるように約20種のイジュの仲間(ヒメツバキ属Schima)が生育しています。これらの知見を考えあわせると、訪花や花粉食、はアマミモンヘビトンボだけに特異な習性ではなく、今後、他地域の同属種でもみつかることが予想されます。本報告がきっかけとなって、ヘビトンボ科成虫の陸上生活(特に植物との関係性)が少しずつでも解明されていくことを期待したいと思います。
奄美大島は現在、南西諸島の他のいくつかの島々とともに、政府によって推薦された「世界自然遺産候補地」になっています。本研究で明らかになったモンヘビトンボと開花植物の関係性は、奄美大島に分布する動植物種の間に張り巡らされた共生ネットワークのごく一部でしかありませんが、この島の生物多様性がもつ固有価値の大きさをあらためて我々に認識させてくれる事例だと思います。

[今後の展開等]

既存の知見から、奄美大島のイジュは昼間、主にアマミクマバチによって花粉が媒介される“ハチ媒花”と考えられますが、「複数年にわたってアマミモンヘビトンボ成虫に花粉付着が複数回認められたこと」「(グルーミング習性がないために)夜間に成虫の体表に付着した花粉が昼間もそのまま保たれていたこと」「訪花個体がイジュの雌しべを取りかこむ多数の雄しべの間に頭を突っ込んで採餌し、しかも位置/姿勢を変えながら何分間も花に滞在していたこと」を考えあわせると、アマミモンヘビトンボはたんなるイジュの訪花者でなく、(補助的ながらも)花粉媒介に寄与することが示唆されます。そのような “水生昆虫” の成虫が花粉媒介者として機能するという報告はほとんどなく、アマミモンヘビトンボが本当にイジュの花粉媒介者なのかを今後、解明することには意味があると考えられます。もしそれが実証できれば、水域と陸域の両生態系のつながりを明示する興味深い相利共生関係の事例となるでしょう。

  • 図1
    アマミモンヘビトンボのメス成虫(頭部等にイジュ花粉が付着)
  • 図2
    イジュ(ツバキ科)の花.
  • 図3
    A. アマミモンヘビトンボの体表から採取した花粉粒.B. イジュの花から採取した花粉粒.C. イジュ花粉を付着させたまま休止する昼間のアマミモンヘビトンボ.D. 大量のイジュ 花粉が付着した夜間のアマミモンヘビトンボ.
  • 図4
    A. アマミモンヘビトンボの排泄物に含まれていた大量のイジュ花粉.B. イジュ花上のアマミモンヘビトンボ. C. 採餌中のアマミモンヘビトンボ(=Bと同じ個体).

(論文情報)

  • 論文名:
    Discovery of flower-visiting fishflies: Adult Neochauliodes amamioshimanus (Megaloptera: Corydalidae) nocturnally forages on Schima wallichii ssp. noronhae trees
  • 著 者:
    Naoto Sugiura and Satoshi Miyazaki
  • 掲載誌:
    Entomological Science
  • doi    :
    10.1111/ens.12463項目