【農学研究科研究成果】暑さを感じにくくなる?46℃の高温で命を削るニホンミツバチ熱殺蜂球-遺伝子発現量の解析が明らかにした新しい側面

2022.11.08

【研究紹介】

トウヨウミツバチの一亜種であるニホンミツバチの「熱殺蜂球(写真1)」が、玉川大学の小野正人教授らの研究グループにより英国のNature(文献1)に報告されて以来、国内外でこの現象について研究分野を越えた様々なアプローチがなされてきました。
今回、東北大学大学院生命科学研究科(論文執筆当時)の上岡駿宏博士と鈴木啓氏を含む河田雅圭教授の研究チームと、玉川大学で日本学術振興会特別研究員PDとして活躍した宇賀神篤博士(現:JT生命誌研究館)、そして本学の佐々木哲彦教授、小野正人教授の研究チームが協力して、熱殺蜂球に関わる遺伝子を明らかにし、 BMC Ecology and Evolution(https://doi.org/10.1186/s12862-022-01989-9)に公表されました。
ニホンミツバチの熱殺蜂球の中心温度は、オオスズメバチの上限致死温度を越える46℃以上に達し、天敵が死亡するまで約30分間も維持されます。その温度はニホンミツバチの致死温度には達していないものの、蜂球に参加した個体の余命は著しく短縮し、大きなコストなっていることが最近の研究で明らかになっています(文献2)。
ニホンミツバチはどのような生理的メカニズムによって、自らにとっても危険な高温を維持できるようになるのでしょう?これまであまり解明されていなかった遺伝子を調べることで、何か新しい視点が開けるかもしれません。玉川大学の小野正人教授の研究チームは、生態学分野の中で遺伝子解析を得意とする東北大学大学院の河田雅圭教授の研究チームとともに、この特異的防衛行動に関連する遺伝子を明らかにするための共同研究を開始しました。当時大学院生だった上岡博士は、約2か月間玉川大学のニホンミツバチ研究蜂場に通い共同で実験を行いました。
その結果、温度感受性に関わる可能性のあるロドプシンシグナルに含まれる複数の遺伝子の発現量が、蜂球形成時に変化することが示されました。この発見は、熱殺蜂球の生理メカニズムに関する新たな視点を与えるものです。今後これらの遺伝子についてさらなる研究を行うことは、熱殺蜂球のみならず、ミツバチが示す多様な温度調節行動の解明の糸口になるに違いありません。

【研究のポイント】
  • これまでブラックボックスであったニホンミツバチの熱殺蜂球に関連する遺伝子について、遺伝子発現量を網羅的に調べるRNA-seqと呼ばれる手法を用いて探索を行いました。
  • 約46℃という高温状態を30分以上維持する熱殺蜂球に参加しているミツバチでは、温度感受性に関わる可能性のある複数遺伝子の発現量が変化していることが示されました。
  • この発見は熱殺蜂球に参加している個体が、暑さ(高温)を感じにくくなっていることを示唆するものであり、ニホンミツバチの熱殺蜂球のみならず、今後ミツバチの温度調節能力を理解する上でも重要な視点を与えるものです。
  • RNA-seq(RNAシーケンス)
    次世代シーケンサーを利用して、遺伝子の発現量を網羅的に測定する手法です。
    得られた遺伝子発現量を2つの条件で比較することにより、条件間で発現量が増減している遺伝子群を特定することができます。

【研究背景・目的】
写真1:二ホンミツバチの対オオスズメバチ熱殺蜂球(撮影:小野正人)

秋になると、天敵であるスズメバチがニホンミツバチの巣に襲来します。特に、フェロモンにより制御される集団攻撃という特異な習性をもつオオスズメバチは、ミツバチの巣を壊滅させるほどの脅威となります。オオスズメバチは体が大きく、またミツバチの刺針の通らない硬い装甲を持つため、ニホンミツバチ1頭ではとても太刀打ちできません。ところが、ニホンミツバチは、天敵に対して集団で防衛する「熱殺蜂球」と呼ばれる行動を示します(写真1図1)(文献1)。写真1から、多数のニホンミツバチがオオスズメバチを取り囲む様子が見て取れます。この中心部はおよそ46℃の高温状態になっており、その温度は30分程度持続されます。この温度はオオスズメバチの上限致死温度より高いのですが、ニホンミツバチのそれはよりは低いため、蜂球形成後にはニホンミツバチだけが生き延びることができます。このユニークな行動は多くの研究者の注目を集め、これまでいくつもの生態学研究が行われてきました。近年では、入念な観察により、蜂球の高温がニホンミツバチの余命を著しく短縮させることが報告されました(文献2)。熱殺蜂球はニホンミツバチにとっても大きな代償を要する防衛戦略で「諸刃の剣」だったのです。ニホンミツバチの上限致死温度は約50℃ですが、死に至る直前の46℃以上にもなる高温はかなり「暑い」はずです。
熱殺蜂球に参加するニホンミツバチは、なぜ自らの命を縮めてしまうほどの危険な温度から逃避せずに、逆にそれを維持できるようになるのでしょうか?それにはいくつもの生理的な仕組みが関わっているに違いありません。その仕組みを解明することは、蜂球行動の制御だけでなく、多様なミツバチの温度調節能力を理解する上でも重要です。

図1:熱殺蜂球とは(イラスト作成:上岡駿宏)
【研究内容】

私たちは、熱殺蜂球の維持に関わる生理的メカニズムの解明に向けた第一歩として、遺伝子発現量を網羅的に測定するRNA-seqという方法を用いて蜂球時に発現量が変化する遺伝子について探索し、その機能を考察しました。この手法では、どの条件の蜂を使い、どの条件で比較するのかということが、実験にとって重要な要素になります。ニホンミツバチでは、日齢により蜂球への参加しやすさが変わることが報告されています(文献2)。そこで、玉川大学で培われたニホンミツバチコロニーを用いた実験手法を応用し、次の3条件について日齢の揃ったミツバチのサンプリングを行いました(図2);

  • ①蜂球時:
    オオスズメバチへの蜂球形成30分後
  • ②常温時:
    常温(31℃)処理30分後
  • ③高温時:
    高温(46℃)処理30分後

これらの3条件について、図3の方法で脳、脂肪体、飛翔筋それぞれで遺伝子の発現量を比較することで、「蜂球時に積極的に発現量が変化する遺伝子」を特定しました。

図2:サンプリング手順(イラスト作成:上岡駿宏)
図3:遺伝子発現量解析の概要(イラスト作成:上岡駿宏)
【明らかになったことと今後の展望】

脳、脂肪体、飛翔筋で、それぞれ47、75、15個の遺伝子が「蜂球時に積極的に発現量が変化する遺伝子」として検出されました。特に興味深かったのは、光のセンサーとして知られている、ロドプシンシグナルに関わる複数の遺伝子が3つの組織(脳、脂肪体、飛翔筋)すべてで活性化していたことでした。これらの遺伝子は、近年、ショウジョウバエなどにおいて光センサーとしてだけでなく、温度センサーとしても機能していることが示唆されています。
以上の結果より、私たちが導いた仮説は、「ロドプシンシグナルはニホンミツバチの温度感受性に関わっており、蜂球形成時のように活性化している時には高温を感じにくくなり、通常時(巣内の温度は約34℃に保持されている)には回避するような46℃以上という温度下でもその影響を受けにくくなる。この結果として、暑さを感じにくくなった多数の個体により熱殺蜂球が維持される。」というものです(図4)。
今後は、ロドプシンシグナルを阻害した時の蜂球行動の変化や、このシグナルの活性化をもたらす要因について研究を進めることにより、この行動のさらなる理解が深まると考えられます。

図4:仮説(イラスト作成:上岡駿宏)
【論文タイトル】

Genes associated with hot defensive bee ball in the Japanese honeybee, Apis cerana japonica
(ニホンミツバチの熱殺蜂球に関連する遺伝子の探索)
https://doi.org/10.1186/s12862-022-01989-9

【発表学術誌】

雑誌名
BMC Ecology and Evolution

【著者】

Takahiro Kamioka(上岡駿宏):東北大学大学院生命科学研究科
Hiromu C. Suzuki(鈴木啓):東北大学大学院生命科学研究科/カリフォルニア大学バークレー校
Atsushi Ugajin(宇賀神篤):JT生命誌研究館
Yuta Yamaguchi(山口悠太):玉川大学大学院農学研究科
Masakazu Nishimura(西村正和):玉川大学大学院農学研究科
Tetsuhiko Sasaki(佐々木哲彦):玉川大学大学院農学研究科/玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター・教授
Masato Ono(小野正人):玉川大学大学院農学研究科・教授/玉川大学学術研究所・所長
Masakado Kawata(河田雅圭):東北大学大学院生命科学研究科・教授 *責任著者

【参考文献】
  • 文献1)
    Ono M, Igarashi T, Ohno E, Sasaki M (1995) Unusual thermal defence by a honeybee against mass attack by hornets. Nature, 377: 334–336.
  • 文献2)
    Yamaguchi Y, Ugajin A, Utagawa S, Nishimura M, Hattori M, Ono M (2018) Double-edged heat: honeybee participation in a hot defensive bee ball reduces life expectancy with an increased likelihood of engaging in future defense. Behavioral Ecology and Sociobiology, 72:123.