【農学研究科研究成果】社会性ハナバチ類の雄の行動進化を考える:マルハナバチとミツバチの雄の比較

2023.03.06

玉川大学大学院農学研究科博士課程の渡邉智大さんは同研究科の佐々木謙教授とともにミツバチの雄の行動を調節する生体アミン類という脳内物質に注目し、その役割をミツバチとマルハナバチの雄で比較。その研究成果が、2022年12月に国際的な学術雑誌Scientific Reportsに掲載されました。さらに、2023年2月25日に玉川大学で開催された「第43回ミツバチ科学研究会」で、その成果を発表しました。

研究の内容をご紹介します。

マルハナバチやミツバチは血縁個体が集まって社会を形成することから社会性昆虫と呼ばれています。この社会は雌を主体とする社会で、雄は繁殖期に限って次世代女王との交尾のために出現します。そのため、雄の行動は交尾と生存を中心としたものになります。セイヨウミツバチの雄は巣内の仕事をせずに、働き蜂から餌をもらい、あるいは巣に貯蔵してある餌を食べることから、怠け者(ドローン)という呼び名が付けられています(写真1)。ミツバチは高次な社会を進化させた結果、雄は自力で生きていくことができないくらい、巣に依存しています。一方、マルハナバチの社会はミツバチの社会ほど高次ではなく、雄は自分で餌を探し(写真2)、巣への依存度が低いことが知られています。

写真1 ミツバチの雄.巣門から交尾飛行へ行こうとしている.新女王と交尾できなかった場合は、再び、巣に戻り餌の補給を行う。撮影者:佐々木謙
写真2 クロマルハナバチの雄.クロマルハナバチの雄は巣外に出ると再び巣には戻らない.巣外の雄は自分で餌を探して採蜜する.撮影者:佐々木謙

渡邉智大さんは佐々木謙教授と一緒にミツバチやマルハナバチの雄の行動を調節する脳内の生理機構について研究しています。渡邉さんは生体アミン類という脳内物質に注目して、その役割をミツバチとマルハナバチの雄で比較しました。

(1)両種で雄の行動を活性化させるオクトパミン

昆虫の脳内で作用する生体アミンの一つにオクトパミンという物質があります。オクトパミンはセイヨウミツバチの雄の性成熟(生殖器官の発達)に合わせて、脳内量が増加することが報告されています(Mezawa et al., 2013)。さらに、オクトパミンを雄に投与すると飛翔の持続時間が長くなり、飛翔開始までの時間が短くなり、飛翔活性を高めることが報告されています(Mezawa et al., 2013)。
渡邉さんは、日本産のクロマルハナバチの雄において、脳内のオクトパミンが雄の日齢に合わせて増加することを発見しました。さらに、雄へのオクトパミンの投与やオクトパミンの作用を抑制する薬物の投与により、マルハナバチの雄においてもオクトパミンが歩行や飛翔の活性を高めることを証明しました。

(2)ミツバチでのみ行動を活性化させるドーパミン

ドーパミンは昆虫だけでなく、ヒトの脳内でも様々な機能が知られている生体アミンです。セイヨウミツバチの雄ではドーパミンは性成熟に合わせて脳内量が増加し、その後減少します(Harano et al., 2008)。ミツバチの雄にドーパミンを投与すると、歩行活性や飛翔活性が上昇することも報告されています(Akasaka et al., 2010; Mezawa et al., 2013)。
そこで、渡邉さんがクロマルハナバチの雄の脳内ドーパミン量を測定したところ、性成熟に関係なく、脳内のドーパミン量は低く維持されていることが分かりました。また、ドーパミンを雄に投与しても、ドーパミンは歩行活性や飛翔活性に何も影響も与えませんでした。つまりクロマルハナバチの雄ではドーパミンによる歩行・飛翔促進の機能が無い、あるいは検出されないくらい低いことが分かりました。

このような種間比較の結果は、社会性ハナバチ類の雄の行動調節機構がどのような進化の過程で生じてきたのか、という疑問に対するヒントを与えてくれます。二種間で共通するオクトパミンの機能はミツバチとマルハナバチの共通の祖先から受け継がれた性質であると考えられます。一方、ミツバチでのみ確認されたドーパミンの機能は、ミツバチがドーパミンの機能を新たに獲得したか、あるいはマルハナバチがその機能を失ったと考えられます。その点を解明するためには、今後ミツバチやマルハナバチよりも原始的な種について調査していく必要があります。

掲載論文
Watanabe, T. and Sasaki, K.* (2022) 
Behavioral roles of biogenic amines in bumble bee males.
Scientific Reports, vol. 12, 20946
論文URL: http://doi.org/10.1038/s41598-022-25656-7

著者:
渡邉智大(玉川大学大学院農学研究科博士課程3年)
佐々木謙(玉川大学農学部教授/玉川大学大学院農学研究科教授/玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター主任)
*責任著者

引用文献

  • Akasaka, S., Sasaki, K., Harano, K., Nagao, T. (2010) Dopamine enhances locomotor activity for mating in male honeybees (Apis mellifera L.). Journal of Insect Physiology, vol. 56, p1160-1166.
     http://doi.org/10.1016/j.jinsphys.2010.03.013
  • Harano, K., Sasaki, K., Nagao, T., Sasaki, M. (2008) Influence of age and juvenile hormone on brain dopamine level in male honeybee (Apis mellifera): association with reproductive maturation. Journal Insect Physiology, vol. 54, p848-853.
    http://doi.org/10.1016/j.jinsphys.2008.03.003
  • Mezawa, R., Akasaka, S., Nagao, T., Sasaki, K. (2013) Neuroendocrine mechanisms underlying regulation of mating flight behaviors in male honey bees (Apis mellifera L.). General and Comparative Endocrinology, vol. 186, p108-115.
    http://doi.org/10.1016/j.ygcen.2013.02.039