【農学研究科共同研究成果】アンデス原産の野生種トマトから高い光合成能力を持つトマトを発見――生産性の高いトマト品種の開発へ期待――
2024.04.15
玉川大学大学院農学研究科小林孝至さんと農学部先端食農学科の田淵俊人教授は、東京大学大学院農学生命科学研究科の吉山優吾大学院生と矢守航准教授らと共同研究を行い、野生種トマト8種と栽培種トマト2種の光合成特性を比較調査しました。その結果、一般的な栽培種よりも優れた光合成能力をもつ野生種トマト (S.lycopersicum var.cerasiforme, S.chmielewskii 等) を発見しました。光合成に必要な二酸化炭素(CO2)は気孔を介して葉内に取り込まれますが、光合成能力の高い野生種トマトは小さい気孔を多くもつことを明らかにしました。また、優れた光合成能力をもつ野生種トマトの生息地を解析したところ、平均気温が高く、降水量が多い環境に自生していることを明らかにしました。
世界人口の増加による膨大な食料需要に対応するため、食料生産性の向上は人類にとって最も重要な課題になると考えられています。作物生産性と密接に関連しているのが、植物が光からエネルギーを生産する営みである「光合成」です。光合成能力向上を目的として、近年では優れた光合成能を持つ野生種を発見・活用しようという研究も進められていますが、これらの研究例はイネなどの穀類に限られています。
トマトは世界で最も多く生産されている園芸作物であり、加工流通量や品種改良の歴史から考えても人類にとって重要な農作物であるといえます。栽培種トマトの祖先である野生種トマトは、南米のアンデス地方を主な原産地としており、過酷な環境の高山から温暖湿潤な低地まで様々な環境に適応しています。そのため栽培種よりも優れた光合成能力を有する野生種トマトが存在する可能性がありますが、野生種トマトの光合成特性を調査した研究は希少です。トマト生産性向上のためにも、栽培種トマト育種に有効活用できるような野生種トマトの発見は非常に重要です。
野生種は一般的な栽培環境とは大きく異なる自生地に適応した結果、多種多様な形質を獲得しているため、栽培種の育種にとって有望な遺伝子資源であると考えられています。今後は、野生種トマトがもつ優れた光合成能力を栽培種トマトに導入することによって、さらに高い生産性を示すトマト品種の開発が期待されます。
野生種トマトは南米のアンデス山地の太平洋沿岸を主な原産地としており、湿潤な環境から過酷な環境まで様々な生育環境に適応しています。我々は、様々な野生種トマトと一般的な栽培種トマトを用いた解析から、栽培種トマトと比較して高い光合成能力をもつ野生種トマトを発見しました。さらに、平均気温が高く、降水量も多い環境で自生していたトマト種であるほど、小サイズで高密度の気孔を持ち、その結果、優れた光合成能力を示すことを明らかにしました。
発表内容
世界人口は年々増加を続け2050年には約97億人に到達すると予測されており、さらなる食料増産が求められています。「光合成」は植物が光からエネルギーを生産する営みであり、作物の成長や収量を左右する重要な要素だと考えられています。つまり、個葉の光合成能力を向上させた作物を開発することによって、作物生産性はさらに増加させることができると期待されます。特に近年では、野生種の光合成に注目した研究も進められており、栽培種より優れた光合成能力をもつ野生種イネの存在が報告されています。しかし、このような野生種と光合成の研究実績はイネなどの穀類に限られているのが現状です。
トマトは世界生産量が約1.9億トンと最も多く生産されている園芸作物であり、加工流通量や品種改良の歴史から考えても、人類にとって欠かせない食料であると言えます。トマトの祖先である「野生種トマト」は南米のアンデス地方とガラパゴス諸島を原産地としており、これらの地域に広がる多様な自生地環境に適応する過程で、野生種トマトは様々な形質を獲得してきたと考えられています。中には過酷な高山環境に適応して自生するものも存在するため、光合成能力の高い野生種トマトが見つかるかもしれません。野生種トマトの光合成特性を網羅的に調査することによって、栽培種育種に活用できる可能性を探索していくことは非常に重要です。
そこで東京大学大学院農学生命科学研究科の吉山優吾大学院生と矢守航准教授らは、南米のアンデス地方とガラパゴス諸島に自生する野生種トマト8種と栽培種トマト2種を栽培し(図2、以下参考図は最後に掲載)、ガス交換測定装置LI-6400XTを用いて、それぞれの光合成特性を測定しました。暗黒状態から一定の強光を照射した光合成誘導(注1)の解析では、複数の野生種トマト (S.lycopersicum var.cerasiforme, S.chmielewskii 等) が栽培種トマトよりも、強光を照射してから短時間で光合成速度と気孔コンダクタンスを上昇させ、かつ、定常状態において高い光合成速度と気孔コンダクタンス(注2, 3)を示すことが分かりました(図3)。定常状態における光合成特性と光合成誘導の特性の相関関係を解析したところ、光合成誘導が速い野生種は、気孔コンダクタンスの光応答が速いだけではなく、定常状態における気孔コンダクタンスと光合成速度が高いことも明らかになりました(図4A, C, F)。また、光合成誘導反応で高い光合成能力を示した野生種トマトは、野外の日中光環境を再現した野外変動光を照射したときの光合成速度の積算値(=ASUM)も高いことが明らかになりました(図5E)。光合成速度の積算値(=ASUM)と光合成誘導や気孔コンダクタンスの光応答性も、高い相関関係を示しました(図5CD)。つまり、光強度の変動に合わせて気孔が素早く開閉応答することによって、野外変動光下でも高い光合成能力を示すことができることが明らかになりました。
次に、栽培したトマト葉の気孔を電子顕微鏡JCM-6000によって観察し、気孔サイズと気孔密度の測定を行いました。観察の結果、トマト種によって、小サイズで高密度の気孔を持つ葉と、大サイズで低密度の気孔をもつ葉に分類されることが分かりました(図6A, B, C)。さらに、気孔特性と光合成特性の関連性も解析したところ、小サイズで高密度の気孔をもつトマト種の方が、光合成速度の最大値の50%値に到達するまでに要した時間(=t50A)が短いことから、優れた光合成能力を発揮するという関連性も明らかになりました(図6H, I)。気孔が小さいことは、単位面積あたりの孔辺細胞の体積が小さいことを表しています。孔辺細胞の体積が小さいと、気孔開閉を制御するK+イオンの濃度変化が激しくなるため、気孔開閉が迅速に行われると考えられます。
これらの先進的な科学技術に基づいた知見に加えて、玉川大学大学院農学研究科の小林孝至大学院生と田淵俊人教授は、本研究で用いた野生種トマトの自生地環境 (気温・降雨・標高)や実用化に向けた栽培特性についての知見を提供して、東京大学の研究で得られた気孔・光合成特性との関連性を解析しました。その結果、年間降水量が多い環境に自生する野生種トマト (S.esculentum var.cerasiformeやS.chmielewskii 等) は、気孔密度が高くなる傾向が得られました。また、標高が高く、平均気温が低い環境に自生する野生種トマト(S.pimpinellifolium 等)は、光照射に対する光合成速度の上昇が鈍いことも分かりました。つまり、平均気温が高く、降水量も多い環境で自生していたトマト種であるほど、優れた光合成速度を示すという傾向が明らかになりました(図7)。また、これらの結果は、野生種トマトが栽培種を成立させるに至る過程を解明する新たな研究の方向性を見出すきっかけになることも期待されます。
野生種トマトは数万年にわたって自生する地域の環境に適応しているので、未知の様々な機能性を保有しており、その可能性を無限大に引き出すことが急務ですが、そのほとんどが調査・研究されていません。また、野生種トマトのこれまでの研究は、耐病性付与などに特化しており、イネなどのように生産性にフォーカスをした研究はこれまでに全く行われてこなかったのが現状です。その一方で、昨今の地球規模の大規模な環境変異は、野生種トマトの自生地の損失を招いており、現地では遺伝資源の枯渇が急速に進行しているので今後の研究の発展が極めて困難なものとなってきています。その点において、本研究では野生種トマトを貴重な遺伝資源として捉えて、それらの保有する遺伝的特性を東京大学の植物生理学的な光合成特性・気孔特性と、玉川大学の生理生態的な自生地環境との関連性から網羅的に調査した非常に幅広い研究であり、世界でも例のない初めての研究成果になります。特に、食糧問題を解決すべく農業生産に直結する研究として、栽培種よりも優れた光合成能力を持つ野生種トマトが発見されたことによって、野生種の持つ潜在的な機能性を明らかにしたこと、その生理作用は自生地の環境に適応してきた特有の形質であったこと、かつ野生種トマトの利活用によって今後のトマト育種の可能性を大きく広げる発展的な研究成果が得られたと言えます(図1)。これらの研究は、国連の定めた持続可能な開発目標(SDGs)の1と2の「飢餓、貧困をなくそう」、15の「陸の豊かさを守ろう」にも合致する内容を包括しており、国際的な目標にも合致したものです。今後、これらの野生種トマトがもつ有用な光合成形質を栽培種トマトに導入することができれば、トマト生産性の向上に大きく貢献できることが期待されます。
本研究成果は2024年4月12日付でJournal of Experimental Botany誌に掲載されました。
発表者・研究者等情報
若林 侑 助教
Kristin Mercer 農学共同研究員
矢守 航 准教授
論文情報
- 雑誌名:
Journal of Experimental Botany
- 題 名:
Natural genetic variation in dynamic photosynthesis is correlated with stomatal anatomical traits in diverse tomato species across geographical habitats
- 著者名:
Yugo Yoshiyama, Yu Wakabayashi, Kristin Mercer, Saneyuki Kawabata, Takayuki Kobayashi, Toshihito Tabuchi, Wataru Yamori*(*責任著者)
- DOI:
研究助成
本研究は、科研費「基盤研究(B)(課題番号:18H02185)」、「国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B))(課題番号:18KK0170)」、「基盤研究(S)(課題番号:20H05687)」、「基盤研究(B)(課題番号:21H02171)」の支援により実施されました。
用語解説
(注1) 光合成誘導
弱い光から強い光への急な変化に対して、光合成の速度は緩やかに上昇しながら最大値に達するという応答を示し、この応答を光合成誘導と呼ぶ。
(注2) 気孔
葉の表皮に主に存在する開閉式の小さい孔。周囲に位置する孔辺細胞という一対の細胞が膨張収縮することによって開閉し、植物体と大気間のガス交換(CO2吸収や蒸散)を可能にしている。一般に夜間は不要な蒸散を防ぐべく閉口し、光照射とともに開口していく性質がある。
(注3) 気孔コンダクタンス
気孔を介した大気から葉内へのCO2輸送の効率を表す指標。