【農学研究科研究成果】カメノコハムシの扁平縁の発達過程を世界で初めて報告~「亀の子型」のカタチができるわけ~

2024.07.12

研究の概要

玉川大学農学部の落合美穂(研究当時)、同大大学院農学研究科の栗原雄太(研究当時)、宮崎智史教授の研究グループはイチモンジカメノコハムシとヨツモンカメノコハムシを用い、カメノコハムシ類に特徴的な「亀の子(亀の甲)型」の防御形態の発達過程を詳細に確認し、世界で初めて報告しました。その興味深い発生様式は、約3,000種にも及ぶカメノコハムシ類において共通している可能性があります。本研究の成果は令和6年7月11日に日本動物学会誌「Zoological Science」にオンライン掲載されました。

ポイント

  • カメノコハムシ類の多くが共有する「亀の子型」の成虫形態(扁平縁)が発達する過程を、イチモンジカメノコハムシとヨツモンカメノコハムシを用いて世界で初めて明らかにしました。
  • 前胸背板と前翅の外縁が扁平に伸長することで扁平縁が形成されますが、その前胸背板の伸長部分は蛹の時点ですでに形成されていることを確かめました(これを前胸扁平縁の原基と呼びます)。
  • この原基は蛹化時に初めて生じますが、実は幼虫クチクラの下で形成される蛹の前胸背板上皮が緻密に折り畳まれていること、それが展開されることが原基形成に重要なステップであることも確かめました。

発表論文

“Development of the pronotal explanate margin, a novel evolutionary trait in tortoise beetles.”
Zoological Science, doi:10.2108/zs240026

落合美穂1,栗原雄太2,宮崎智史1,2,3*

1 玉川大学農学部, 2 玉川大学大学院農学研究科, 3 玉川大学ミツバチ科学研究センター, *責任著者

研究の背景

特定の植物種の葉を食べるハムシ(葉虫)の中には、「亀の子型」、「陣笠型」、「UFO型」、あるいは「お椀型」と形容される変わった形態を示すものが約3,000種います。これらはカメノコハムシ(tortoise beetles)と総称される仲間で、厳密には約6,400種を擁する巨大なカメノコハムシ亜科(Chrysomelida)の中の単系統グループを指します。それらの前胸背板及び前翅の外縁が扁平に伸長することで形作られるこの亀の子型の構造は「扁平縁」と呼ばれ、捕食者防御の機能を果たすことが知られます(図1)。捕食者の接近などの危険を感じると頭部や脚、触角を扁平縁の下におさめ、扁平縁と地面を隙間なく接地することで、物理的に捕食を防ぐことができます(図1)。このように、特定の分類群のみで進化し、かつ適応的な機能をもたらす形態学的な特徴を「新奇形質」とよび、そうした新奇形質が発生する様式、さらにはその発生様式が進化してきた過程を明らかにすることは進化生物学の主要な命題の一つです。そこで本研究では、東京都内で多くみられるイチモンジカメノコハムシThlaspida biramosa(Cassidini族)及びヨツモンカメノコハムシLaccoptera nepalensis(Aspidimorphini族)の2種を対象に、扁平縁の発生過程を詳細に調べました。また、本研究では扁平縁の中でも前胸背板部分のみに注目して解析しました。

研究の内容

  • 後胚発生過程:両種ともに幼虫は4回の脱皮を経て蛹となる、つまり5つの幼虫齢がありました。そのいずれの幼虫齢においても、成虫の扁平縁のように頭部を覆う前胸構造は見られませんでした(図2 A、D)。それに対し、両種の蛹の前胸には頭部を覆うように伸長したプレート状の構造が見られました(図2 B、E)。これらの結果より、このプレート状の構造の中で前胸扁平縁が形成されるとの仮説が立てられました。
  • 羽化過程における前胸扁平縁の発達:上記の仮説を検証するために羽化過程を観察したところ、このプレート状の構造から確かに前胸扁平縁が生じることを確認しました。したがってこのプレート状の構造を前胸扁平縁の原基だと特定できました。
  • 蛹化過程における前胸扁平縁の原器の発達:上述の通り、幼虫期には前胸扁平縁に対応するような構造は見られません。そこで蛹化過程を観察し、前胸扁平縁の原基が発達する過程を調べました。その結果、幼虫の前胸クチクラを脱いだ際に、蛹の前胸背板側縁が背方にカールするように折り畳まれていること、そして数分以内にその折り畳み構造が伸展するとともに、前胸背板の前縁から側縁が放射状に展開することで蛹原基を形成することを確かめました。
    さらにイチモンジカメノコハムシを用い、蛹化直前の前蛹の幼虫クチクラを実験的に除去すると、蛹の前胸背板上皮が部位ごとに異なる様式で微細に折り畳まれていることを突き止めました。横シワが平行に走るような構造は前方のみに、ランダムな方向にシワが寄ったような構造は前方及び側方に伸展すると考えられます(図3)。
  • カメノコハムシにおける前胸扁平縁の発達様式:以上の結果より、前蛹のクチクラ下で蛹の前胸背板上皮が緻密に折り畳まれるように形成されることで、蛹化とともに前胸扁平縁の原基が展開され、その中で前胸扁平縁が形成されるという仕組みが明らかになりました。また、カメノコハムシ類の先行研究を調査すると、少なくとも7族15属28種の蛹についても、我々が調べた2種と同様に前胸扁平縁の原基が確認されました。従って、この発生の仕組みは多くのカメノコハムシで共通すると示唆されました。今後、複数のカメノコハムシ種間でその発生様式を比較研究することが期待されます。

今後の展望

今回明らかにしたカメノコハムシ前胸扁平縁の発達様式は「折り畳み構造が展開する」という点で、昆虫の翅、カブトムシの角(ツノ)、ツノゼミのヘルメットといった「新奇形質」の発達様式と共通しています。従って、昆虫形態の多様化の裏には、ある程度共通の発生機構が存在すると示唆されます。今後、前胸部分のみならず前翅部分も含め、扁平縁発達の分子機構を調べることが、カメノコハムシの系統における新奇形質の進化の過程、ひいては昆虫類の新奇形質発達における共通性と多様性を理解することにつながるのではないかと期待されます。

本研究の実施にあたり、科学研究費補助金(KAKENHI 21H02568,23K05937)の支援を受けました。

研究メンバー

玉川大学農学部 落合美穂 2017年度卒業生
玉川大学大学院農学研究科 栗原雄太 2021年度修士課程修了
玉川大学農学部/玉川大学大学院農学研究科/玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター宮崎智史 教授*
*論文責任著者

図1. イチモンジカメノコハムシの扁平縁。扁平縁は、前胸背板と前翅の外縁が扁平に伸長することで形作られる。扁平縁の前胸部は頭部をすっぽりと覆うほどに張り出す。また、扁平縁の下に触角や脚をおさめ、葉の表面にぴったりと接地させることで防御姿勢をとり、天敵からの捕食を免れる。
図2. イチモンジカメノコハムシとヨツモンカメノコハムシの幼虫期から成虫期における扁平縁の発達過程。両種とも、幼虫期には扁平縁に相当する器官は認められないが、蛹期に前胸背板の外縁が板状に張り出し、前胸扁平縁の原基(黒矢印)となる。成虫へ羽化する過程においてこの原基の中から前胸扁平縁(白矢印)が生じる。T1: 前胸、T2: 中胸、T3: 後胸、 A1–5: 腹部第1〜5節。
図3. イチモンジカメノコハムシの前胸扁平縁原基の形成過程。前蛹期に幼虫クチクラの下で形成される蛹の前胸背板クチクラは、その表面が緻密に折り畳まれる。例えば中央部はジグザグ状のシワが形成され(黄色部分)、両側部はジグザグ状のシワが形成されるとともに背面側にカールするように折り畳まれている(赤色部分)。その中間領域には横シワが平行にはしる(青色部分)。蛹化時には前胸背板両側部の折り畳み部分が展開されるとともに、外縁が放射状に(黄・赤色部分)、あるいは前方のみに(青色部分)伸展する。