【農学研究科】「見た目は左右で雄雌が半々。中身もそうとは限らない」 ―マルハナバチの性モザイク個体で体表と体内の性の不一致を確認― 欧州の科学雑誌"The Science of Nature -Naturwissenschaften-"(オンライン版)に論文を発表

2016.02.17

本学大学院農学研究科の宇賀神篤博士(日本学術振興会特別研究員PD)らは、クロマルハナバチの左右半身性モザイク個体を対象とした性フェロモンの分析や性決定遺伝子の解析等から、外見とは異なり、体内の器官の雌雄分布が必ずしも左右半々ではないことを明らかにしました。
本研究成果は欧州の科学雑誌“The Science of Nature –Naturwissenschaften–”(オンライン版)に2016年2月11日に掲載されました。

掲載論文名

Expression profile of the sex determination gene doublesex in a gynandromorph of bumblebee, Bombus ignitus
クロマルハナバチの雌雄モザイク(ジナンドロモルフ)個体における性決定遺伝子doublesexの発現特性
http://link.springer.com/article/10.1007/s00114-016-1342-7

著者

1) 宇賀神 篤:玉川大学大学院農学研究科応用動物昆虫学研究分野
       日本学術振興会特別研究員(PD)
2) 松尾 晃史朗:玉川大学大学院農学研究科修士課程2年
3) 久保 良平:玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター特別研究員
4) 佐々木 哲彦:玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター教授
5) 小野 正人:玉川大学大学院農学研究科応用動物昆虫学研究分野教授
       農学研究科長、農学部長

生物にとって、「雄であるか雌であるか」を決める仕組みは大変重要です。
私たち哺乳類と異なり、昆虫では性が細胞ごとに決まります。そのため、稀にではありますが、一匹で雌雄両性の特徴を併せ持つ「雌雄モザイク(ジナンドロモルフ)個体」が出現します。そうした雌雄モザイク個体について、外見や行動に関する報告は多数ありますが、体の内部がどうなっているのかという点に着目した研究はほとんど行われていませんでした。
今回、玉川大学大学院農学研究科の宇賀神篤博士(日本学術振興会特別研究員PD)、松尾晃史朗さん(修士課程2年)、小野正人教授およびミツバチ科学研究センターの久保良平研究員、佐々木哲彦教授からなる研究グループは、研究室で飼育管理されていたクロマルハナバチのコロニーから雌雄モザイク個体を発見し、外見上の特徴と性行動の調査に加え、体内の複数の器官について化学分析と分子生物学的手法による詳細な性の解析を行いました。

【図1】外観の比較
クロマルハナバチの体色には、雄:黄色/雌:黒色という性による顕著な違いがある。雌雄モザイク個体は左半身が雄の、右半身が雌の特徴をそれぞれ示していた。

この雌雄モザイク個体は、外部形態は左半身が雄で右半身が雌の特徴をそれぞれ示していました(図1)。
性行動について調べるために雌雄モザイク個体に新女王蜂を提示したところ、通常の雄の場合と異なり交尾を試みることはありませんでした。腹部の生殖に関わる器官は雌としての特徴を示していました。一方、頭部を解剖したところ、左半身で大きく発達した下唇腺が観察されました。マルハナバチでは下唇腺は雄で良く発達し、新女王蜂を誘引するフェロモン成分を合成しています。
そこで、左右の下唇腺に含まれる化学物質を分析したところ、左半身の発達した下唇腺からのみ、以前に久保研究員と小野教授が報告したクロマルハナバチの雄に特有な2種の化学物質(Kubo and Ono, 2010)が検出されました。
つまり、下唇腺は見た目だけでなく機能面でも左右で雌雄が異なっていたことになります。

次に、形態的特徴による雌雄の判定ができない器官について、分子生物学的手法を用い、性を決める役割を持つdoublesex遺伝子が雌雄どちらのパターンになっているのかを調べました。
図2に示すように、脳では左側が雄型であるのに対し右側で雌型のパターンとなっていました。一方、脂肪体(腹部にあり、私たちの肝臓に似た働きを持ちます)と腸はほぼ一様に雌型のパターンでした。
外部形態が綺麗な左右半々の雌雄分布となっていたことを考えると、これは予想外の結果と言えます。

【図2】doublesex遺伝子のパターンを指標にした性の判定
通常、雄では青矢印の位置に、雌では赤矢印より上の位置にそれぞれバンドが検出される。雌雄モザイク個体の場合、脳では外部形態と同様に左で雄型の、右で雌型のパターンが見られた。一方、脂肪体と腸ではほぼ雌型のパターンとなっていた。

今回の研究は、前述した大学院生の松尾さん(修士課程2年)が自身の実験用に管理していたコロニーから雌雄モザイク個体を発見し、ハチの行動と脳の分子生物学的研究を専門とする宇賀神博士に相談したことがきっかけとなり始まったものでした。フェロモン成分の化学分析を専門とする久保研究員の参加もあり、「たまたま見つけた」現象を様々な視点から解析できたことが意外な知見をもたらしました。昆虫の雌雄モザイク個体に対してこのような多角的な検討を行った例は、本研究が世界初となります。
外部形態と内部器官の性の分布に不一致が生じた仕組みは不明ですが、研究グループでは、受精卵が分裂を繰り返して生じる「胚葉」と呼ばれる細胞の層構造が鍵を握っているのではないかと考えています。
本研究で用いた手法を広く雌雄モザイク個体に対して適用することで、不思議な性分布を生み出す詳しい仕組みの理解が進むと期待されます。