教養部

2017.08.03

基礎学力の養成を図るとともに、玉川の教育理念の本質を理解

1.教養部の設立

1961(昭和36)年まで、玉川大学は文学部(教育学科、英米文学科)と農学部(農学科)の2学部3学科体制で教育研究が展開されていた。1962(昭和37)年4月に工学部を開設。それとともに、大学1年を学部から独立させて教養部とした。

当時、各大学において教養課程についての議論が活発に行われていた。そういった議論の中で、高等学校の復習を行う課程になってしまっているとか、教養課程の授業を行う分、専門研究への学習が希薄になってしまっているとかといった意見に押され、教養部を廃止する大学もあった。そのような状況の中、玉川大学は独自の道を進んだ。すなわち、新入生の増加を契機に、さらに効率の良い教育を行うために1年次のみを教養部として独立。また、4年制ではあったが2年で修了する女子学生も多く、女子の2年修了希望者も教養部に含めて教育を行った。

教養部が独立した1962(昭和37)年の入学式は4月15日に挙行され、約600名の新入生と約2,500名の参会者が出席。参加者多数により礼拝堂での開催は不可能となり、小学部のグラウンドで行うこととなった。

教養部では、一般教育や外国語、保健体育などの基礎教育を通して基礎学力の養成を図るとともに、玉川の教育理念の本質を理解させることを目的としていた。そして、当時副園長であった小原哲郎が初代教養部長として若手教員とともに新入生教育に取り組んだ。

小学部グラウンドでの大学入学式

基礎学力の養成を目指す教養部では、正規の授業のほかに補習授業を実施した。文学部と農学部では語学を、工学部では数学と物理学を重視して行った。また、学力の不十分な学生については、期末試験に加えて主要科目を対象に一斉の実力試験をたびたび実施した。さらに学生の学習意欲を盛り上げるために、夏期・冬期休暇中には、5日間から一週間に及ぶ集中の補習期間が設けられた。

学力の優れた学生に対しては、卒業単位には関係なく、あくまでも学力を高次元に導くための特別講義が開講された。文学部は語学を、農学部は生物と化学を、工学部は数学と物理学をそれぞれ中心として講義が組まれた。

また1年次には、知行合一をねらいとした行事教育が実践された。全学あげての体育祭をはじめ、音楽祭、親睦を深めるための小運動会やピクニックなどの行事が行われた。特に音楽祭でのベートーヴェン作曲の「交響曲第九番」の合唱は、教養部が主導的な立場で運営を担った。そして教養部が独立した1962(昭和37)年12月16日の音楽祭は文京公会堂で開催され、玉川大学管弦楽団が初参加し、合唱、独唱、オーケストラ、指揮等を玉川学園の教員、学生・生徒、卒業生だけの手で行うという長年の夢が実現された。玉川大学のオーケストラが第4楽章を演奏し、教員が指揮を行い、独唱は学生と卒業生。合唱は、大学生と高等部生1,500名。奇しくも、12月16日はベートーヴェンの誕生日であった。なお、1967(昭和42)年までの音楽祭は大学1年生と高等部3年生との合同発表であったが、翌年からは教養部単独での開催となった。

玉川学園音楽祭(12月16日、文京公会堂)

また、教養行事の実施も教養部の特色の一つであった。シンフォニーやオペラの鑑賞、演劇や歌舞伎の観劇、講演、テーブルマナーなど、教室や机上では得難い体験や感動が人格陶冶の糧になった。特に、玉川学園創立者である小原國芳は常々、一流のもの、一流の人、一流の場に接することは、感性を豊かにし、調和の取れた人格の形成に寄与すると言い続けていた。それは、「人間文化のすべてをその人格の中に調和的に形成する」ことをめざす全人教育の実践に、欠かすことのできない経験であった。

礼拝での講話(宗教教育)
第九の合唱練習(音楽教育)
炎天下での労作(労作教育)

こうして玉川大学においては、ただ科目を履修して単位を取得するということに留まらず、基礎学力の養成と、礼拝、労作の実践、さらには芸術教育、行事教育、教養行事への参加を通して人格形成を目指した教養部の指導体制には見るべきものがあり、その成果からも十分な存在意義があった。しかし、1970(昭和45)年8月に公布された大学設置基準の一部改正省令は、教養部の廃止を示唆するものであった。不本意ながら玉川大学もその改正にしたがい、教養部廃止の方向に舵を取った。そして、教養部で実践してきた内容、形態を各学部に移行することによって設置基準改正の趣旨を生かし、玉川独自の人間教育を目的とした教養部の精神を各学部の教育の中で展開することとした。教養部は1962(昭和37)年に誕生し、1970(昭和45)年度の終了をもって廃止となった。「教養部があったことで、学科の枠をこえて学生同士が知り合い、交流することができた」と卒業生の良き思い出として語られている。

参考文献

  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 南日本新聞社編『教育とわが生涯 小原國芳』 玉川大学出版部 1977年