進捗状況

Tamagawa Vision 2020の現在までの進捗状況をご報告いたします。
下線のある項目をクリックすることにより、詳細な内容をご覧いただけます。

1.玉川教育

2.玉川学園(幼少中高)

3.大学教育・大学院教育・学術研究

4.施設・設備(将来を見据えた施設・設備の整備)
  -Campus Master Plan 2011-2020-

大学教育棟 2014・新食堂棟(2014年12月11日竣工)

大学教育棟 2014は、多様な情報(Multimedia)”の“源(Resource)”を集めた最新機能を備えた図書館であり、アクティブ・ラーニングを推進する「学び、探求し、そして討論しあう場」であるラーニング・コモンズとして学生の学修を支援する施設でもあります。
大学における学習環境は大きく変化しています。10年後、20年後の教育の変化や高度化にも対応できる“新しい教育のかたち”を展開します。
ここをクリックすることにより、詳細な内容をご覧いただけます。

新食堂“KEYAKI”(2012年12月13日竣工)

人を育む場へ

新食堂 "KEYAKI" が、キャンパスライフの新しい風景となり、そこでの人・自然・風景との様々な出会いや対話が、豊かな人間性を育むうえでの大切な要素となります。
玉川学園のめざす全人教育の新たなステージへとつながることを願っています。

Sci Tech Farmとの関わり

西松建設株式会社と玉川大学は、2012年1月に「産学連携に関する協定書」を締結し、新たな農業ビジネスモデルの構築を進めてきました。10月には、「ダイレクト冷却式ハイパワーLED」を導入したLED農園"Sci Tech Farm"が完成し、一日に600株のリーフレタスを生産しています。
新食堂"KEYAKI"では、LED農園"Sci Tech Farm"で生産されたリーフレタスをサラダバーで提供しています。

Sci Tech Farm(2012年10月1日竣工)

食の安心・安全を第一に、次世代の新たな農業ビジネスモデルを構築したい。そんな思いを胸に、玉川大学と西松建設が進めている産学連携事業、それが独自の最先端技術「ダイレクト冷却式ハイパワーLED」を導入した「Sci Tech Farm(LED農園)」です。現在、1日600株のリーフレタスを生産。2014年には、レタス以外の農作物も視野に入れた1日3,900株の生産システムを稼働させる予定です。生産性と高品質化を両立させた、新しい農業のカタチがここにあります。

2012年1月、産学連携に関する協定書を締結
(左)玉川大学 学長 小原芳明
(右)西松建設株式会社 代表取締役社長 近藤晴貞

咸宜園(2012年7月2日竣工)

「咸宜園」の模築について

咸宜園は、文化14年(1817)に、江戸時代の儒学者である廣瀬淡窓(1782~1856)が豊後国日田(現・大分県日田市)に創立した私塾です。「咸宜」とは、「みなよろし」という意味で、身分を問わず、学を志す全ての人に開放されました。よって全国から延べ3,000人以上が集まり、ここで学んだと言われています。咸宜園では労作教育、師弟同行、個性尊重などの教育が行われました。
玉川教育と通じる廣瀬淡窓の教えを、身を以って体得するべく、大学生の有志が咸宜園の模築を計画。大学の許可を得たうえで、大分県日田市に出向き、現地調査を行いました。咸宜園の模築は、現在の場所の松林を切り拓き、地ならしをすることから始められ、約2カ年の労作を経て、昭和44年(1969)に完成しました。模築後は、風雨により痛んだ箇所を修理しながら使用してきましたが、築42年が経過した平成23年(2011)11月、建築基準法に適合したかたちで建替工事を行いました。建替えにあたり、外観は既存の咸宜園の姿を忠実に再現しましたが、現在の建築基準法では茅葺屋根が屋根材として認可されないため、現行法規に基づき茅葺屋根に似た色彩の瓦葺きに変更されました。内部については、現在の利用に沿った間取りに若干変更されています。

昭和44年(1969)に玉川の丘に模築された「咸宜園」
現在の「咸宜園」

松下村塾(2012年7月2日竣工)

「松下村塾」の模築について

松下村塾は、天保13年(1842)に幕末の志士として知られる吉田松陰(1830~1859)の叔父玉木文之進が長門国(現・山口県萩市)に開設した私塾です。安政4年(1857)、松陰が主宰となってこれを引き継ぎ、塾生に「勉強はただ知識を得るためのものではなく、それを社会に役立てなくてはならない」と、生きた学問の重要性を説きました。
実践の中に真理をとらえた松陰の思想は、玉川教育に通じるものがあることを知り、山口県出身の大学生たちは、昭和39年(1964)に松下村塾を玉川の丘に模築することを計画。大学の許可を得て、まわりの大学生たちに呼びかけ、約2カ年の労作を経て、昭和41年(1966)に「松下村塾」の模築が完成しました。模築後、風雨により痛んだ箇所を修理して使用してきましたが、築46年が経過した平成23年(2011)11月から、建築基準法に適合したかたちで建替工事を行いました。建替えにあたり、外観は既存の松下村塾の姿を忠実に再現しましたが、内部については天井を少し高くするなど、現在の利用に沿った間取りに若干変更されています。

昭和41年(1966)に玉川の丘に模築された「松下村塾」
現在の「松下村塾」

礼拝堂(2012年5月28日竣工)

改修工事にあたり

現在の礼拝堂は竣工当初1929年の姿とは若干変わっています。基本的な外観や内観を維持しながらも、外部廊下の変更、構造補強、外壁の張り替えなど、度重なる修繕を経て今日のような姿になっています。
2012年5月、約半年間をかけた耐震補修工事が行われ、2階から天井を支える2本の柱の補強と構造壁を増設し、床や天井にも補強をほどこしました。また、屋内の補修には建築デザインの専門家である梅園真咲さん(高等部91年卒・旧姓藤村)の案で、身体に安全な漆喰が採用されました。壁や天井に漆喰を塗る作業は、軍手をした手で直接仕上げる手法を取り入れ、さらに震災で一部破損したパイプオルガンの修理も行いました。椅子は、買換えの案もありましたが、全ての椅子を一端解体し補強をして、既存の形をできるだけ残すことにしました。その4人掛けの椅子の中に、やや丈の低い椅子があります。これは1931年にパイプオルガンを購入したときの梱包資材から作られた椅子です。
礼拝堂にパイプオルガンが設置されたのは1931年。この当時、パイプオルガンは日本にまだ4台しかなく、創立者の小原國芳は、1930年の欧米教育視察の際、アメリカの教会でパイプオルガンの厳かな音を聞き、「宗教教育」にパイプオルガンは欠かせないという強い信念を持たれました。國芳は、オルガン制作世界一の会社であるシカゴのキンボール社に行き、直接交渉の末、パイプオルガンを購入。7月20日、横浜の港から玉川の丘に運ばれ、技師の指導の下、中学生が手伝いながら組み立てられ、約2カ月後の9月13日には、礼拝堂で初演奏会が行われました。

初代のパイプオルガン
現在の礼拝堂

関連リンク