児童百科大辞典

2014.03.20

日本で最初の児童向け百科辞典を刊行

児童百科大辞典完成記念会

玉川大学出版部は、数ある大学出版部の中でも唯一、児童書の出版を行っている。小原國芳は「主として教育、哲学、芸術、道徳、宗教、および児童読物に関するものを出版いたします」「真に精神的に文化的に有意義な本でなければ出しませぬ」といい、文学史上に残る童話から教材まで、幅広い児童書を世に送り出してきた。この児童書出版に関する歴史は長く、前身であるイデア書院が設立された1923(大正12)年当初から、90年以上の歴史を誇っている。そして今から80年以上前の1932(昭和7)年には、日本で初めての子供向けの百科事典『児童百科大辞典』を刊行したのである。

謝辞を述べる小原

この『児童百科大辞典』刊行のきっかけとなったのには、小原國芳の恩師ともいえる澤柳政太郎の存在がある。文部官僚や数々の大学の学長を歴任した澤柳は、1917(大正6)年に新教育の実験校として私立の成城尋常小学校を設立、自ら校長となる。そして長田新の推薦により小原を招聘したことが、2人が出会うきっかけとなった。その後澤柳は1926(大正15)年に大正大学学長に就任。そして1927(昭和2)年6月には国際会議出席を兼ねた世界教育視察に出発する。同年11月には帰国するのだが、大陸性悪性猩紅熱に罹患し、帰国からまだ日も浅い12月にこの世を去ることとなる。そんな澤柳が海外視察の土産品として小原に贈ったのが、イギリス人アーサー・ミーが編纂したアメリカの児童百科辞典『The Book of Knowledge』だった。そのとき澤柳はこの辞典と共に「自学自律の教育には絶対に児童のための百科全書が生まれねばならぬ。お前ひとつやってみないか」というメッセージを小原へ残している。そしてこの一言から、子供のための百科辞典の編纂事業がスタートすることになった。

けれども児童向けの百科辞典は、一朝一夕にできるものではなかった。何より欧米では発刊の事例があるものの、日本ではまだ誰も手がけておらず、大人向けの百科辞典の発刊事例がいくつかある程度だった。このような前例のない中での作業が求められたことで、編集作業は困難を極めた。そして小原國芳も大人向けの百科辞典の子供版ではなく、真に子供のための百科辞典の作成をめざそうとしたことで、編集に多くの時間が割かれることになる。後日、教え子の立場から作業に携わった富永次郎は、当時の小原が配本された初版本から数カ所のミスを見つけて即座に刷り直しを命じたと語り、出版にかける並々ならぬ情熱を感じたと語っている。小原の妥協を許さぬ姿勢により、この百科辞典は30巻構成というスケールの大きな出版事業となった。また昭和初期という時節柄、紙を中心とした資材も枯渇、また価格も高騰しており、編集だけでなく資材の確保にも苦労したという。それでも小原が諦めずに取り組んだのは、「この書の編纂を完了したならば、10個の新学校を創立するに勝る効果を有するであろう」と、澤柳政太郎の世界教育視察に同行した小西重直に言われたことが根底にある。子供たちの自学自習には、学校の建設と同時にこれらの教材が必要であるという想いを胸に、小原は幾多の困難を乗り越え、この事業に取り組んだ。こうして1932(昭和7)年、第一回配本の『動物編』が出版されたのである。

この後も『児童百科大辞典』は定期的に出版され、最後の『地理編』を1937(昭和12)年に出版。こうして日本で最初の、計30巻という本格的な子供向け百科辞典が完成した。価格は1冊5円。現在の貨幣価値に換算すると1万円前後と決して安くはなかったが、その優れた内容から教育の現場で高い評価を得ることとなる。そしてこの百科辞典は日本に限らず、海外でも多くの支持を得ることとなった。発刊当時に日本の統治下にあった台湾で暮らしていた李登輝・元台湾総統も「その頃の私の自慢の蔵書は、日本の…『児童百科辞典』であった」(『台湾の主張』PHP研究所)と、少年時代を回想している。今日でも台湾師範大学ではこの『児童百科大辞典』が保存されている。子供時代に、子供にも理解できる内容で本物に触れるという経験は、その後の自学自習の姿勢に大きな影響を与える。この『児童百科大辞典』の刊行は、日本の児童教育史における重要な出来事となったに違いない。
玉川学園ではこの後も戦後の1951(昭和26)年に『学習大辞典(全32巻)』、1953(昭和28)年に『玉川児童百科大辞典(全30巻)』、1960(昭和35)年に『玉川こども百科(全100巻)』、1963(昭和38)年に『玉川百科大辞典(全31巻)』、1968(昭和43)年に『玉川児童百科大辞典(全21巻)』、1971(昭和46)年に『玉川新百科(全10巻)』、1979(昭和54)年に『玉川こども・きょういく百科(全31巻)』と、百科辞典を精力的に出版していく。そこには「子供の知りたいことのすべてが、正しく、美しく、体系的に整理されていること」という小原國芳の思いが具現化されている。


参考文献
小原國芳編『女性日本』第1号1932
小原國芳編『教育日本』第84号 玉川学園出版部 1938
小原芳明編『全人』第677号 玉川大学出版部 2004
『子供の本カタログ』玉川大学出版部 2013