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体操講習会

2023.07.10

1931(昭和6)年、デンマーク体操(基本体操)を考案したニルス・ブックを招聘して以来、玉川学園ではデンマーク体操を中心とした体操講習会を開催。この講習会は、毎年、全国から熱心な受講生の参加を得て行われ、参加者の健康づくりに役立つとともに、デンマーク体操の普及に貢献。1989(平成元)年の第47回まで継続して開催された。

1.第1回体操講習会

1931(昭和6)年9月、玉川学園創立者である小原國芳は、「デンマーク・オレロップ国民高等体操学校(現・オレロップ体操アカデミー)」の創始者であり、「デンマーク体操(基本体操)」を考案したニルス・ブックを招聘。ニルス・ブック率いる体操団一行26人(団長以下体操手男子13名、女子12名)が来日。来園時に、玉川学園は「オレロップ国民高等体操学校東洋分校」として承認された。これを契機に同年、第1回体操講習会を開催。この開催の意図は、基本体操すなわちデンマーク体操の普及であった。

ニルス・ブック率いる体操団
体操団歓迎デモンストレーション

第1回講習会は基本体操の実技指導と講演が行われた。講演の題目は「デンマーク教育とニルス・ブック氏の教育」、「生理学より見たる体育の真髄」、「ヨーロッパにおけるニルス・ブック氏の体操」そして「基本体操の理論的研究」。講師陣は、小原國芳のほか、永井潜(帝大教授)、畠山源三(帝大司書・教育評論家)、デンマークより帰国したばかりの斎藤由理男。期間は12月20日から24日までの5日間。参加者は約40人であった。

2.デンマーク体操

デンマーク体操とは、青少年の体の基礎的改造、矯正、発育促進を目的として考案された民衆体操のこと。人間の呼吸に合わせたリズミカルな動きを取り入れた躍動感あふれる体操で、筋力の強化だけでなく柔軟性や巧緻性(機敏性)も向上させるのが特徴である。明治、大正時代より「一、二、三、四」の号令のもと、規律正しく行うスウェーデン式体操が中心だったが、その精神を受け継ぎながらも、それまでの体操を改革。そのことが臼井和夫著「第四十回体操講習会」(『全人教育』第414号に所収/玉川大学出版部より1983年に発行)につぎのように記されている。

今でこそ、肢体をのびのびと伸展させ律動的な体操は日常的なものとなっているが、姿勢の矯正を重視したスエーデン式体操の影響下にあった当時の日本にあっては、動きを主体とした軽快なデンマーク体操は新鮮な感動を持って人々に迎えられたに違いない。「姿勢はあくまでも結果である。大切なのは運動のプロセスである……」。ブックの主張は、体操の意義を動きとしてとらえ、その方法に律動運動を採り入れた。どちらかというと固苦しい姿勢の保持を「体操」と考えていた者に、デンマーク体操は全く新しい体操として受け容れられたことは、容易に想像できる。

昭和初期、玉川学園教諭であった斎藤由理男の指導のもとデンマーク体操を基本とした玉川体操を源として、国鉄体操、海軍体操、航空体操が誕生した。特に国鉄体操はその後も基本体操の真髄をとらえ、長きにわたって実践された。さらに、1932(昭和7)年には全日本体操連盟によって創案された「ラジオ体操」(第二体操)にも、リズミカルなデンマーク体操の原型が取り入れられた。

ニルス・ブック招聘以来10年が経過し、強靭、柔軟、巧緻なる身体をつくる基本体操としての玉川体操の意義が漸く広く認識されることとなった。1941(昭和16)年9月10日から19日の間、東京陸軍航空学校の士官15名と下士官15名の合計30名が、10日間泊まり込みで玉川体操の講習と訓練を受けるために来園。同年12月には宇都宮陸軍航空学校から2名が10日間、東京陸軍航空学校から35名が5日間、玉川体操の訓練を受けるために来園。近くの士官学校からも4名が研究生として参加した。翌1942(昭和17)年8月13日から20日の間、体操指導者練成会を名古屋、神戸、奈良(橿原神宮)などで行った。

東京陸軍航空学校教官30名が来園
橿原神宮における体操練成会

デンマーク体操はこうして、さまざまに形を変えながら普及。全国津々浦々、日本国民の健康づくりに貢献してきたといえるだろう。このデンマーク体操を学ぼうという学校教員も多くいたことから、本学で開催の体操講習会にもたくさんの人たちが参加した。

3.昭和初期に開催された体操講習会

第2回体操講習会は1932(昭和7)年3月25日より29日までの5日間開催された。パウル・ヒルデブラント、リットン・クローンの両講師による指導が中心。参加者は約60名であった。第3回も両講師が指導を担当し、同年6月12日より15日までの4日間行われた。岡本敏明のピアノ伴奏によるフォークダンスもあり、参加者は約200人となった。第4回は同年の8月5日から8日まで4日間開催。さらに同年11月20日より12月20日まで行われた第5回は初めての長期講習会となった。長期で開催した目的は指導者の養成で、正規の課目修了者には「デンマーク体操指導資格証」が授与された。

翌1933(昭和8)年には短期講習会が2回開かれるとともに、2回目となる長期講習会を開催。この長期講習会は、ドイツの新しい体操理論を知るということが内容に加わり、ボーデの表現体操、ダルクローズのリトミック、エレ・ビヨルグステン体操などの紹介をはじめ山内千代子によるリトミック指導、石井獏による踊りといった多彩な内容で行われた。またこの講習会には、神宮大会、文部省体育研究所の研究発表、他校の参観が含まれた。

4.公演旅行での体操

創立当初から体育や芸術に力を注いできた玉川学園。その授業はもちろん、教室を離れた場所でも積極的に取り入れることを心がけていた。当時、体育を指導していた斎藤由理男は、1930(昭和5)年代にデンマークに留学し、デンマーク体操で知られるニルス・ブックの公演活動に大きな感銘を受けた。それは体操の他に合唱やフォークダンス、寸劇までも含んだものであった。斎藤はブックが行っていたこのような公演を、本学園の生徒たちで実現したいと考えるようになった。これらの思いを後押ししたのが、1936(昭和11)年2月に東京・九段の軍人会館(後の九段会館)で行われた、玉川学園の学園祭である。この舞台で生徒たちは体操や合唱を披露し、喝采を浴びることとなった。こうした雰囲気の中で、「この成果を地方でも公演できたら」という提案がなされ、玉川学園の公演旅行は実現に向けてスタートを切るのである。

第1回公演旅行は1936(昭和11)年4月28日から5月7日まで、秋田県の大曲を起点に十文字、金足、追分、本庄、西目、酒田、鶴岡、坂町、新発田を経て新潟を最終会場にして実施された。生徒は専門部や中学校、女子高等部、女学校などから約30人が参加。玉川体操(基本体操、複合体操、整美体操、巧緻体操)や合唱を披露し、各地で喝采を浴びた。第2回以降の公演旅行は関西・九州地方、東海地方、関西地方、土浦・日立方面、広島・九州方面、宇都宮、吹田市・天王寺など、まさに全国を回るものであった。

関西・九州地方公演
東海地方公演

5.最後の体操講習会

1989(平成元)年11月9日から11日までの3日間、第47回体操講習会が開催された。その案内が、『全人教育』第496号 (玉川大学出版部より1989年に発行)に次のように掲載されている。

明治の学制発布より学校の体育領域には、体操という基本的「からだづくり」が欠かせない領域として重要視されております。昭和6年にニルス・ブックの基本体操を体育の根幹的領域として重要視してきた玉川大学では、当初より「からだづくり」の大切さを強調しております。
本年度は改めて「からだづくり」の基本となるデンマークの「基本体操=PRIMITIVE(元素的)」を追求し、合理化されている現代生活に必要な「からだづくり」を探ってみようと考えて企画しました。
今回は体操の原点を求めて、リズムと動きの楽しさを中心として体操の在り方に迫ってみたいと思います。特に幼児期や児童期の「動き」と指導上の問題を中心に、併せて生徒や親の体操へと展開してみたいと計画しております。

日程および講習内容は以下のとおり。参加費は5,000円。

  • 11月9日
    9時~10時 映画『玉川の教育』
    10時~12時 講演(橋本道玉川大学教授)
    13時~14時30分 「動き」と体操
    14時30分~16時 リズムと動きづくり
  • 11月10日
    9時~10時 基本体操(1)
    10時~12時 基本体操(2)
    13時~14時30分 手具とリズム(1)
    14時30分~16時 手具とリズム(2)
  • 11月11日
    9時~10時 児童・生徒による実技発表
    10時~12時 分科会(学校種別指導上の問題)

体操講習会は、この第47回をもって終了となった。講習の内容は、デンマーク体操の理念に基づく基本体操が中心であり、これは第1回目の講習会から最後となった第47回まで一貫して変わっていない。強靭、柔軟、巧緻なる身体をつくる基本体操について、橋本道著『基本体操』(玉川大学出版部より1970年に発行)の中で小原國芳が次のように述べている。

ニルス・ブックのデンマーク体操は、来日以来、日本の学校体育の内容を一変させるほどの影響をもたらしています。文部省の学習指導要領も昭和9年には、体操をほとんどデンマーク式に改革したし、今度の改訂でも、体操が大きな役割を果たすようになりました。スポーツ一辺倒だった今までの指導から、体の健康を第一義とする体操に変ってきたことは、私たちの努力がやっと認められたと喜んでおります。(昭和45年1月)

6.写真で見る体操講習会

1964(昭和39)年第22回体操講習会
1964(昭和39)年第22回体操講習会
1966(昭和41)年第24回体操講習会
1966(昭和41)年第24回体操講習会
1979(昭和54)年第37回体操講習会
1979(昭和54)年第37回体操講習会
1979(昭和54)年第37回体操講習会
1979(昭和54)年第37回体操講習会
1980(昭和55)年第38回体操講習会
1983(昭和58)年第41回体操講習会
1983(昭和58)年第41回体操講習会
1985(昭和60)年第43回体操講習会
1985(昭和60)年第43回体操講習会
1988(昭和63)年第46回体操講習会
1988(昭和63)年第46回体操講習会

関連サイト

参考文献

  • 橋本道著『新しい体操』 玉川大学出版部 1957年
  • 橋本道著『基本体操』 玉川大学出版部 1970年
  • 小原哲郎監修『全人教育』第496号 玉川大学出版部 1989年
  • 臼井和夫「第四十回体操講習会」(『全人教育』第414号 玉川大学出版部 1983年 に所収)
  • 三橋文子「玉川学園とデンマーク体操」(小原芳明編『全人』第627号 玉川大学出版部 2002年 に所収)
  • 石橋武彦、佐藤友久著『日本の体操:百年の歩みと実技』 不昧堂書店 1966年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年

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