玉川豆知識 No.15

太陽の子、トマトの秘密

2014.11.11
農学部生物資源学科 教授 田淵俊人

トマトは世界で最も多く生産されている野菜で、近頃ではイタリア料理ブームも手伝って日本でも大変な人気者です。玉川大学農学部の研究室の温室には世界中から集められた、たくさんの種類のトマトがたわわに実っており、学生達はこれらのトマトを使って卒業研究に汗を流しています。ここでは、これらの研究の一端をご紹介することにしましょう。

1. 生まれは南米アンデス山地とガラパゴス諸島

栽培トマトの郷里は南米のアンデス山地と、ダーウィンの進化論とゾウガメがいることで有名なガラパゴス諸島です。現在の栽培トマトはコロンブスによって南アメリカ大陸が発見されて以来、ヨーロッパを経由して世界中に広まっていきました。そしてイタリアなどの南ヨーロッパの国々ではトマトを煮込んで作るスパゲッティやミートソースにする専用の品種が発達しました。最近は缶詰などでよく目にすることのできる細長い赤いトマトがそれです。一方、生で食べる桃色のトマトは北ヨーロッパを中心に広がっていきました。日本には江戸時代に長崎に伝来したのが最初で、貝原益軒の『大和本草』(1709年)の中に「唐柿」、狩野探幽の絵の中には「唐なすび」の名前で記されていることから、中国経由で伝来したものと考えられています。当時は薬用もしくは観賞用として用いられていたようです。 明治初期には開拓使によって野菜として再輸入されましたが、当時のトマトの品種の赤色が血の色を連想させたこと、酸味や香りがきつすぎたことなどから、一般の食生活には馴染みませんでした。昭和の初期には桃色で、心室数(トマトの果実を切った時に見えるゼリーの入っている場所の数)が多く、果実が大きくて香りがまろやかな、酸味の少ない日本人に合う品種がアメリカから入ってきました。この時点で日本においては、トマトはやっとの思いで野菜としての市民権を得たことになります。

しかし、一般家庭に登場するのは戦後で、食生活の欧米化に伴って需要が著しく伸びたことによります。例えば、御飯にケチャップを混ぜて卵の皮で包む、いわゆるオムライスがはやったのも戦後のことです。そして、最近ではトマトは味が重視される高品質時代を迎え、イタリア料理ブームなどに代表されるグルメ指向、健康指向に応えるような品種がぞくぞくと生まれています。ミニトマトや、ミディトマトと呼ばれる大玉トマトとミニトマトの中間の大きさで房ごと収穫する品種の出現もその一つで、味よし、栄養よし、見栄えよしの三拍子が揃ったトマトでなければ売れない時代にさえなっています。ところで、日本ではトマトはほとんどの場合、生食用として使われていますが、世界的にはトマトは煮炊きして加工する方法が用いられており、利用方法が全く異なっています。これからは日本においても健康ブームを反映して、欧米のように煮炊きして用いられる専用の品種が出回るようになることでしょう。

【大きさ、形も多種多様のトマト】 左から順に、
1. アンデス山地に自生する熟しても緑色のトマト。
2. 直径1センチ程の小さな赤い果実が付くアンデス山地の野生のトマト。
3. メキシコの野生のトマト。現在のミニトマトに似ています。
4. 形がでこぼこな栽培種のトマト。昭和の初期にはこのようなトマトが多かったようです。
5. 一番右が現在のトマト。大きくて形、味も良いのが特徴です。

2. 加工用トマトを日本で栽培する

日本で加工用といえばジュースを指すことが多いのですが、最近のイタリア料理ブームによってトマトを加熱調理する機会が増えてきました。しかし、加熱調理向けの専用品種は日本ではほとんど栽培されておらず、手に入れるのがむずかしいのが現状です。そこで、やむを得ず缶詰を使ったり、生食用トマトを利用しています。しかし、缶詰のトマトや生食用トマトは水分が多く、加熱するとオレンジ色になってしまいます。加工用の専用品種のトマトでは加熱しても粘りがあり、果肉が厚いのでスパゲッティなどの麺にからみやすく、鮮やかな赤い色をしているために食味をそそる効果があります。さらに最近では、赤い色のもとになっている色素のリコぺンが、β-カロテンよりもはるかに強力な発ガン抑制効果があることが明らかになりました。加工用トマトは赤いため、もともとリコぺンを多く含んでいますが、従来のものよりもさらにリコぺンを多く含んでいるような特別な品種が作られるようになりました。健康ブームが拍車をかけたわけです。

 地面を這わせて栽培する加工用トマト
さっそく、研究室でも加工用トマトを周年供給できるような栽培試験に取り組んでみましたが、従来の生食用トマトの栽培方法とは全く勝手が異なることがわかってきました。例えば、生食用トマトでは支柱を立てて栽培しますが、加工用トマトでは支柱を使わずに地面に這わせて栽培します。さらに加工用トマトでは果実だけを利用するために、収穫時にはへたの部分を付けないで果実だけを収穫します。果実の柄の部分に離層という組織ができない性質(これをジョイントレス形質といっています)を有する品種を使います。もし、生食用トマトのように果実の柄の部分に離層が形成されると、まず柄の離層の部分で収穫し、さらにへたの部分を取り除くという作業をしなくてはならなくなり、収穫に多大の労力が必要になります。
そこで、ジョイントレス形質を有するさまざまな加工用トマト品種を取り寄せて栽培し、へたの部分から果実が取れるメカニズムを調べてみました。その結果、へたから果実が取れやすい品種は果実の大きさが細長く小さく、へたから果実が取れにくい品種は果実が大きいことが明らかになりました。
今後の目標は、大きな果実をつける加工用トマト品種をへたから取れやすくするにはどうしたらいいか、ということになりますが、目下研究中です。

3. 害虫を寄せつけないネバネバトマトの発見

現在の栽培品種は、改良を重ねた結果できたものですが、改良を重ねるにつれて害虫や病気に侵されやすくなるという欠点も持っています。そこで、栽培品種に害虫や病気に強い性質を持たせるために大いに役に立っているのが野生のトマトです。このような性質を栽培品種に持たせることができれば、あるいは殺虫剤などの農薬を使わないでトマト栽培が可能になるかもしれません。 温室で野生のトマトを育てていると、その中にアブラムシやオンシツコナジラミなどの害虫がやって来ても、まるで食虫植物のように害虫を葉にくっつけてしまい動けなくしてしまう性質を持つ株があることに気がつきます。そこで、温室で育てている100株ほどの野生のトマトの中から、特に害虫に強い性質を持つ野生のトマトを見つけることにしました。その結果、アンデス山地のペルーに自生する野生のトマトの中に強力に害虫を吸い寄せてくっつけてしまう株を見つけることに成功しました。この株の特徴は、葉や茎、あるいは果実の表面に長さが1ミリから5ミリ程度の細かい毛がびっしりとはえています。そして、毛の先端にはネバネバした粘着物質を出す特殊な腺を持っています。したがって、害虫がやって来て一旦植物体に触れるとくっついてしまって、二度と離れなくなってしまうのです。また、この株に害虫が吸い寄せられるようにやって来ることから、あるいは害虫にとっては「おいしい」匂いのする物質を出しているのかもしれません。現在、この株を使って栽培品種との雑種を作っている最中です。うまくいけばいいのですが、毛だらけの栽培品種ができると、ちょっと困ってしまいますね。

葉の表面に細かい毛が密生している野生のトマト。
オンシツコナジラミ(白いつぶのような虫)や小さな昆虫が葉にくっついています。
果実の表面にも毛が生えていて虫をよせつけません。

4. 海水でも育つトマト

野生のトマトは、栽培品種のトマトを改良していく上で大変貴重な性質をたくさん持っています。例えば、これからご紹介するガラパゴス諸島に自生する野生のトマトは、海水が浸る海岸線にはえています。ということは、海水をかけても良く生育する性質を持っていることになります。このような性質を栽培品種に付与することで、海岸地帯で塩害に悩まされている地域での栽培は勿論のこと、地球上にたくさん存在する海水をふんだんに使ったトマト栽培が可能になるかもしれません。  実際に温室で栽培し、海水とほぼ同じ濃度の塩水をかけてみた結果、栽培品種ですぐに枯れてしまうのに対して、この野生のトマトは平気で育っています。さらに驚いたことに、糖度(甘さを感じる成分)が栽培品種の2倍以上もあること、健康に良いといわれているβ―カロテンの含有量も極めて高いことが明らかになりました。現在、栽培品種との雑種ができていますが、糖度やβ―カロテン含有量が高いものができそうです。ちなみに、この野生種はガラパゴス諸島ではゾウガメに食べてもらうことによって、種子の発芽が促進されるという変わった性質を持っています。郷里ではゾウガメとともに生きているわけです。

海水でも育つガラパゴス諸島に自生するトマト。直径1センチ位でゾウガメの主食の一つにもなっています。
ガラパゴス諸島に自生する野生種トマト(本学の温室内で栽培)

この他にも、バニラのような甘い香りのする野生のトマト、今はやりのポリフェノールの一種、アントシアニンという色素を含む紫色をしたトマトなどが見つかっています。甘い香り付きのトマトや、リコぺン、β―カロテンの他にポリフェノール入りのトマトができる可能性があります。
研究室の温室には、アメリカのカリフォルニア大学のトマト遺伝子研究センターより供与された、たくさんの野生種のトマトがすくすくと育っています。野生のトマトは、まだわれわれ人間が知らない、多くの役に立つ性質を持っていると考えられていますが、残念なことに野生種の郷里であるアンデス山地やガラパゴス諸島は、地球規模の環境変化、例えばエルニーニョ現象や温暖化などの影響によって次第に絶滅の危機に瀕しています。一度、失われた野生種は二度と復活することはありません。貴重な有用資源としていつまでも大切に保存し、研究を重ねていく必要があります。

関連サイト

「トマトの魅力と機能性を探る」
※フランスでは「愛のリンゴ」、イタリアでは「黄金のリンゴ」というニックネームの持ち主、今や世界でもっとも生産量の多い野菜、これがトマトです。でも、食物としての「市民権」を得たのは新大陸発見後のことで、ヨーロッパに伝えられた後にあっという間に世界中に普及していきました。こんなにわずかの間に、一気に食卓を彩る主役に躍り出たトマト、その秘密を探ってみましょう。