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玉川豆知識 No.188

草柳大蔵と、小原國芳の教育論

小原國芳氏の教育論のおもしろさは、「人間とはなにか」を問い続けている点にある。教育の語源が「ひき出す」である以上、教育者は片時も生徒の中の「人間」から眼を離すことができないわけだが、その前提として教育者は「人間」を理解し、信頼し、讃美する領域に立たなければならない。小原氏は生涯をかけて、この領域を開墾し、教育論の種子を蒔き、収穫をあげてきた人である。
(玉川学園機関誌『全人教育』第386号(玉川大学出版部/1980年発行) より)

1.自由教育の家元

草柳大蔵は1924(大正13)年神奈川県生まれの評論家、著述家。著書『実力者の条件』、『新・実力者の条件』、『新々実力者の条件』という3部作は、その時代をなんらかの形で表徴する人物を取り上げて、人柄、経歴、思想、人間関係などを記述した作品です。『実力者の条件』では、「自由教育の家元/小原國芳」をはじめ「“頭脳産業”のスター/糸川英夫」、「文壇の“国際銘柄”/井上靖」、「政界の王将/田中角栄」、「ザ・マン/黒沢明」、「財界のマスコミ隊長/鹿内信隆」、「“江戸前フーシェ”/川島正次郎」、「最後の神様/小林秀雄」、「偉大なる田舎者/川上哲治」など15名が取り上げられました。2年後に出版された『新々実力者の条件』では人数が12名に減り、また何名かが入れ替わりましたが、「自由教育の家元/小原國芳」はそのまま掲載されています。

上述の「自由教育の家元/小原國芳」の中につぎのような記述があります。

小原の教育思想は大正十年に発表した「全人教育」で、これは生徒の知・情・意のすべてを総合的に開発することを至上目的としているが、そのまえに教師と生徒との濃密な人間接触があることは見のがせない。これがのちに、彼が採用する“ダルトン・プラン”の成功の前提となっている。
  (略)
この教育方法は、アメリカの教育学者バーカスト女史がシカゴの傍のダルトンで創始したものである。
一斉授業をやらず、生徒に自学自習させて、教師はそれを手伝ったり点検したりする方法である。つまり、教師は生徒ひとりひとりに対面し、その個性に応じた教材を与え、進度をチェックしてゆく。だから、教師と生徒の間に信頼関係が前提となる。これがなければ生徒の個性は読みとれない。当然、教師には猛烈な負担がかかる。小人数でなければとてもできない。

2.童心に神が宿る(童心神に通ず)

草柳が本学機関誌『全人教育』第386号(玉川大学出版部/1980年発行)に「「童心に神が宿る」の意味」というタイトルで文章を寄せ、小原國芳の教育論についてつぎのように語っています。

小原國芳氏の教育論のおもしろさは、「人間とはなにか」を問い続けている点にある。
教育の語源が「ひき出す」である以上、教育者は片時も生徒の中の「人間」から眼を離すことができないわけだが、その前提として教育者は「人間」を理解し、信頼し、讃美する領域に立たなければならない。小原氏は生涯をかけて、この領域を開墾し、教育論の種子を蒔き、収穫をあげてきた人である。
小原氏は色紙を頼まれると「童心に神が宿る」とか「子どもの瞳は神様の瞳」という意味の言葉を書くが、これは小原氏の教育論の出発点であると同時に到達点でもあるのである。われわれは小原氏の教育論を国民共有の財産として使わなければならない。

3.生徒との間の交流を先天的に起こし得る人

草柳は1987(昭和62)年、玉川学園同窓会会報『たまがわ』に、小原國芳生誕百年記念として特別寄稿しています。その中で小原と生徒との交流をつぎのように記述しています。

小原氏は生徒との間の交流を先天的に起こし得る人ではなかったか、というのが私の思いである。
たとえば、香川師範で教鞭をとったとき、一週二十三時間が平均授業時間なのに、小原氏は「優等生のためには毎朝7時から」「劣等生のためには夕食後一週二晩」という特別授業をつけ加え、なんと四十時間も教えていたという。当時の生徒であった鎌倉芳太郎氏(染色家)が「日本教育百年史」に寄せた論稿によれば、この時の授業で小原氏は十数種類の教材を使い、とくに英語の授業ではシェイクスピアの「ベニスの商人」のシャイロックを英語で熱演してみせたという。
  (略)
現在の状況からはとても考えられない授業がなぜ続けられたのか。生徒たちがこの猛烈な授業を回避するどころか、むしろ待ち望んだというのは、授業がおもしろかったからであろう。いや、小原氏自身が授業を通じて生徒と交流することに無上の喜びを感じていたからであろう。

4.出発点は「教育者」ではなくて「求道者」

上述の玉川学園同窓会会報『たまがわ』への特別寄稿の中で、草柳は小原のことをつぎのように求道者であると語っています。

小原氏の出発点は「教育者」ではなくて「求道者」であったのではないか。いま、私はこの地点から小原氏を眺め直している。すると、「求道者」という概念がキイ・ワードになったかのように、小原氏の香川師範での教授ぶり、成城学園での教師集めやダルトン・プランの導入、玉川学園を創設する精神的経緯が読みとれてくるのである。
  (略)
香川師範から玉川学園まで、小原氏の「教育者」としての姿勢は“非妥協”の一語に尽きると思うが、われわれはこのような理念を妥協させぬ存在を「求道者」と呼ぶのではないだろうか。そして、「求道者」の「道」にあたるものが、教育用語でいえば「全人教育」であるが、私はいまそれは生徒の「自己開発力」であり、その開発力の奥に「生命」がすわっていることを小原氏は見すえていた、ただそれを言葉にかえることをしなかっただけであると、思い直しているのである。

5.俺の本を読んでみてくれよ

1998(平成10)年10月31日に、玉川大学学術研究所主催の「全人教育研究講演会」が本学において開催されました。その講演会で「全人教育と情報環境」というタイトルで講演されたのが草柳。その講演の中で草柳はつぎのように述べています。

いいリーダーを育てるには、いまのような準備段階教育ではなくて、ステージごとに自己完結していく、ステージごとに自分の経験則を自分の系の中にまとめていける教育と、たくさんの選択肢がつながり広がっている社会環境と国をつくらなければ危ないということです。
ですから、小原先生が提唱し実践した全人教育に関する著書には、二十年後の日本のあり方について、もう一度「俺の本を読んでみてくれよ」という声が私は聞こえるような気がするんです。

右側が草柳大蔵、中央が鰺坂二夫

6.タテマエぬきのホンネの教育論

小原國芳著『母のための教育学』(玉川大学出版部/1982年発行)の巻末に草柳の解説文が載っています。その中につぎのような記述があります。

歌うが如き文章である。流れるが如き文脈である。言葉は、しばしば、早瀬をゆく水の速度になる。あるいは、しばしば、大海を思わせる寛さを持つ。
これが「教育学」の文章であり言葉なのだから恐れ入る。教育の理想にむかって絶え間ない実践を続けてきた人間にして、はじめて上梓することを得た一冊である。今後も、このような響きを伴った教育書はおそらく出版されないであろう。
  (略)
さらに、この著書の価値についていえば、現代的意味の大きさを揚言しておかねばなるまい。 現代の教育論が、教育を構成する「教師」「学校」「生徒」「家庭」「社会」の各要素をはっきりと規定せず、「受験戦争」「教育ママ」「学園の荒廃」など、各要素が絡みあいながら醸出する諸現象をあげつらう傾向があるのに対して、著者は「母親とはなにか」「子どもとはなにか」等々、各要素の第一義をきわめて厳格に規定してから教育論を展開してゆくのである。平俗にいえは「タテマエぬきのホンネの教育論」の姿がここにある。

【参考】草柳大蔵の経歴

東京大学法学部卒業後、八雲書店に入社し編集者として従事。退社後は自由国民社で編集を担当、その後産経新聞社で経済担当の記者を務めました。さらに大宅壮一の秘書のかたわら文筆修行。1959(昭和34)年にフリーランサーに。以後、放送番組向上委員会委員長、時事通信社内外情勢調査委員会理事、NHK経営委員などを歴任。広島県立大学や東北芸術工科大学の客員教授でもありました。1966(昭和41)年に『文藝春秋』に連載された「現代王国論」にて文藝春秋読者賞受賞。1984(昭和59)年にはNHK放送文化賞を受賞しています。著書は『現代王国論』、『ものを見る眼・仕事をする眼』、『実力者の条件』など多数。

【エピソード】野村克也と草柳

パ・リーグ初の三冠王を達成した元プロ野球選手・監督の野村克也は、草柳を師と仰いでいたといわれています。南海ホークス選手兼監督だった当時、野村は監督解任を言い渡されたことを草柳に相談。草柳は禅語の「生涯一書生」という言葉で野村を激励。野村は「私は生涯一捕手」で頑張りますと応じたそうです。

参考文献

  • 草柳大蔵著『実力者の条件』 株式会社文藝春秋 1970年
  • 草柳大蔵著『新・実力者の条件』 株式会社文藝春秋 1972年
  • 草柳大蔵著『新々実力者の条件』 株式会社文藝春秋 1972年
  • 草柳大蔵著『実力者の条件 この人たちのエッセンス』 株式会社文藝春秋 1985年
  • 草柳大蔵「全人教育と情報環境」(『全人教育』第608号 玉川大学出版部 1999年 に所収)
  • 草柳大蔵「「童心に神が宿る」の意味」(『全人教育』第386号 玉川大学出版部 1980年 に所収)
  • 草柳大蔵解題 小原國芳著『母のための教育学』 玉川大学出版部 1982年
  • 小原國芳先生生誕百年記念特別寄稿「生命にむかって突進した男の百年」(会報『たまがわ』 玉川学園同窓会 1987年 に所収)

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