玉川豆知識 No.50

小原國芳のことば

玉川学園の創立者小原國芳の著作の中には、名句と呼ばれることばがたくさんあります。そのいくつかを紹介します。

  • 諸君、新しい日本を動かすべき力はここから生まれなければならない。いや必ず生まれると僕は信ずる。やろうと思えば出来るんだ。山よ来よと、山に命じたマホメット程の信念があれば、未来は必ずわれわれのものだ。歴史を造るというのはこのことを言うのだ。なあ、諸君、やろうじゃないか。1929年の3月31日と言う日を、世界歴史の一頁に、必ず書き落とすことの出来ない日としようじゃないか。

    (玉川学園創立前夜)

  • 教育の内容には人間文化の全部を盛らねばなりません。ゆえに、教育は絶対に「全人教育」でなければなりませぬ。全人教育とは完全人格すなわち調和ある人格の意味です。

  • 人間文化には六方面があると思います。すなわち、学問、道徳、芸術、宗教、身体、生活の六方面。学問の理想は真であり、道徳の理想は善であり、芸術の理想は美であり、宗教の理想は聖であり、身体の理想は健であり、生活の理想は富であります。教育の理想はすなわち、真、善、美、聖、健、富の六つの価値を創造することだと思います。この6つの文化価値が、秋の庭前に整然と花咲いとるコスモス(Cosmos)の花のように、調和的に成長してほしいのです。

  • 私の最も好きな言葉にビジョン(幻)という言葉と、ドリーム(夢)という言葉がある。

  • 社会人の第一歩である。ホントの人生修行の始まりである。「世の光」、「地の塩」となってくれ。玉川っ子の使命を忘れるな。人生の最も苦しい、いやな、辛い、損な場面を真先に微笑を以って担当してくれ。微笑をもってだ。勇敢なる第二里行者であってくれ。

    (大学の卒業式にて)

  • ピラミツドの土台石、何という尊い言葉でしょう。ナイル平原に突兀(とつこつ)と聳(そび)ゆるあの大驚異!しかも、その底深く、見えざるに、認められざるに、埋っておる幾多の土台石!全く荘厳ではありませぬか。知らざる善、報償を求めざる行、人生の損を喜んでいる人、第二里を行く人、ああ、かかる神の人の出現が欲しい!
    「人、汝に一里の公役を望まば、彼と共に二里行け」
    と主は訓え給うた。一桶の水を要求されたら二桶汲んであげたい。花を望まれたら根までつけてあげたい。病気と見たら薬を求め、医者を呼んであげたい。「受くるより与うるは幸いなり」という境地のわかる子供に育てたいのです。

  • あのアフリカの大砂漠を飾る巨大といおうか、荘厳といおうか、雄渾といおうか、痛快なピラミッドを見るときに、私どもは、その下積みとなって、厖大な巨岩や捨石や土砂が表面以下に、たくさん埋もれていることを忘れてはならない。
    「砂上の家」というが、基礎のない家はダメにきまっている。同様に、国家も社会も、学校も工場も、軍隊も銀行も・・・到るところが、隠れたる己の犠牲にして、ミッシリ働いている巨岩が土台になければダメである。そうだ、諸君の一人一人に、己が向う社会の棄石(すていし)になって貰いたいのだ。ピラミッドの土台石になって貰いたいのだ。

  • 諸君の競走相手は無限大の大空、確乎不動の大地、しっかりやりましょう。

    (体育祭にて)

  • 反対の合一ということを、全人教育の立場から特に大事にいたします。
    大胆で小心で、朗らかで淑やかで、快活でたしなみがあって、気はやさしくて力持ちで、よく学びよく遊び、よく儲けて正しく使い、これらの二面を一つにした花も実もある立派な紳士に仕上げたいのです。コヤシを担げばピアノも弾け、拭き掃除もすればお茶や生花もでき、雑巾を綴れば絹の着物を仕立てられ、ドブ溝もさらえば第九シンフォニーも歌え、薪割りもすれば劇も絵も書もいたし、ソロバンもはじくがお経も繙ける玉川っ子にしたいのです。

  • 頭も健康も、胸も手も、ユーモアも夢も・・・一切が必要なのだが、しかも、ディーステルヴェークは「進みつつある人のみ人を教うる権利あり」と訓えてくれた。
    全くそうである。朝に夕に、自己の足らざるを嘆じて、常に自己修養にいそしみつつある人のみが、人の人たる資格があるのである。かかる人からは、目に見えぬ人格の匂いが、火花が、霊感がほとばしり出てくるのである。それが人を感化する。

  • ホントの学習法とは何か。燃える情熱と、ツルハシを鍛えること、掘り方を工夫させることだと断言する。「暗記もの」学科の教師たちよ、眼をひるがえしてよ!イデーの教育!「幻なければ民亡ぶ」と。夢のない、幻のない、創意のない工夫のない教育ほど、恐ろしいものはないと痛感する。

  • 「百聞は一見に如かず」という。しかも「百見は一労作に如かず」、大いに試みさせ、労作させ、体得させてほしい。ペスタロッチは「愛は愛することによりて、学問は研究することによりて、思考は思考することによりて培わる」と教えた。

  • 余り多くの人が、功利的だ、利巧すぎる、打算的だ。クヨクヨしている。ケチケチしている。目先がききすぎる。
    私はバカが欲しい、大馬鹿が。ちょうど三月、成城の卒業生が、第一回生が卒業する時だ。卒業生の一人が、一生、座右に置く教訓を書いて下さいというのだ。
    僕はさっそく筆太に“バカになれ、バカになれ、大馬鹿に”と書いてやると、件(くだん)の生徒はビックリしたが、やや久しくして、わかってくれたようだったが、ホントに、ホントの大馬鹿が欲しい。

  • まことに懐かしきものは故郷である。諸君の日記を見ていると、お母さんを思い出して泣いたという記事があったが、さぞかしお母さんが恋しいことであろう。疲れたるもの、悩めるものを慰め、労り、憩わせるものは実に故郷である。
    だが、僕のいう意味は小さい意味で郷里に恋々せよとのことではない。どこまでも「人間到る処青山有り」だ。淋しいのに、悲しいのに、諸君を若き日にその故郷から連れ出したのは、遠く世界を家として活動してもらいたいからである。

  • 教育の結論は、教師であります。いや、政治も、外交も、産業も、文化も、一切が人であります。中でも特に、教育こそは「人」であります。
    教育の仕事たるや実に、至難の業であります。かくて、一等の人材が教育界に集まらなくてはなりませぬ。

参考文献
  • 玉川学園編『贈る言葉 小原國芳』 玉川大学出版部 1984年
  • 小原國芳著『教育一路』 玉川大学出版部 1984年
  • 小原國芳著『師道』 玉川大学出版部 1976年
  • 南日本新聞社編『教育とわが生涯 小原國芳』 玉川大学出版部 1981年
  • 玉川学園五十年史編纂委員会編『玉川学園五十年史』 玉川学園 1980年
  • 小原國芳編『真人のことば』 玉川大学出版部 1974年

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