マルハナバチの恋のジレンマ!? オスとして振る舞うべきか、メスとして振る舞うべきか
-オスとメスの両方の触角をもったマルハナバチ雌雄モザイク個体の不思議な配偶行動を国際学術誌に発表

2018.03.07

本学大学院農学研究科修士課程の松尾晃史朗氏(2015年度修了),久保良平博士(ミツバチ科学研究センター特別研究員),宇賀神篤博士(現 JT生命誌研究館)らの研究グループは,飼育下で出現したクロマルハナバチの1/4雌雄モザイク個体の解析から,メスに対する配偶行動の開始と以降の交尾に至る過程がそれぞれ異なるしくみで制御されている可能性を指摘しました。本研究成果はハチ類に関する国際学術誌 “Apidologie”に3月5日付けでオンライン公開されました。

論文タイトル:

Scientific note on interrupted sexual behavior to virgin queens and expression of male courtship-related gene fruitless in a gynandromorph of bumblebee, Bombus ignitus.
(クロマルハナバチ雌雄モザイク個体による新女王への不完全な配偶行動と配偶行動関連遺伝子fruitlessの発現に関する研究)
https://link.springer.com/article/10.1007/s13592-018-0568-0

全文はこちらのサイトでご覧ください(閲覧のみ可能)。

【著者】
  • 1)
    松尾 晃史朗†:玉川大学大学院農学研究科 修士課程(2015年度修了)
  • 2)
    久保 良平†:玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター 特別研究員
  • 3)
    佐々木 哲彦:玉川大学学術研究所ミツバチ科学研究センター 主任,教授
  • 4)
    小野 正人:玉川大学大学院農学研究科 教授,農学研究科長,農学部長
  • 5)
    宇賀神 篤:(現)JT生命誌研究館 奨励研究員/(研究実施時)玉川大学大学院農学研究科 日本学術振興会特別研究員(PD),*責任著者
    †:同等貢献
【内容】

有性生殖で子孫を増やす生き物にとって,雌雄による配偶行動が正常に行われることは極めて重要です。私たち哺乳類と異なり、性が細胞ごとに決まる昆虫では、稀に一匹で雌雄両性の特徴を併せ持つ「雌雄モザイク(ジナンドロモルフ)個体」が出現します。雌雄モザイク個体が配偶行動に際してオス・メスどちらの性別のように振る舞うのかは,雌雄モザイク状態の度合いによって様々です。

今回の研究では,外見上「頭部と胸部の右側がメス/残りがオス」という1/4モザイク個体(図1左)に着目し,その配偶行動を観察しました。正常なオスの場合,メス(新女王)を発見すると,①接近,②触角による確認,③交尾試行という一連の流れで配偶行動が進行します。ところが松尾さんらの観察から,今回の雌雄モザイク個体は触角による確認まででやめてしまい,交尾試行になかなか至らないという不完全な配偶行動を行うことがわかりました。腹部の解剖を伴う観察から,外部生殖器,精巣,付属腺といったオス型の生殖関連器官を一通り有することが確認されたため,「不完全な配偶行動」が生殖器官の不備によるものではなく,配偶行動を制御する神経機構が雌雄モザイク状態の影響を受けている可能性が考えられました。

ショウジョウバエにおいて,オスの配偶行動を制御する神経回路の形成・維持に必須の遺伝子としてfruitless遺伝子が知られています。昆虫の中でより原始的なグループであるゴキブリでも,fruitlessの働きを抑えてしまうとオスの配偶行動が抑制されることが報告されており,オスの配偶行動とfruitlessの関係性が昆虫全般に当てはまる可能性が提唱されています。そこで,雌雄モザイク個体の左右の触角と脳についてfruitlessが働いているのか調べたところ,触角と脳いずれも左側でのみ正常なオスと同様の結果が観察されました(図1右)。

行動観察の結果は,触角による確認から交尾試行へ移行する過程に問題があることを示唆しています。興味深いことに,ショウジョウバエのオスの場合,メスへの配偶行動の開始にはfruitlessが脳の片側でさえ働いていれば充分とされます。また,久保博士は最近,クロマルハナバチのメスの体表から,オスの交尾試行を誘発する匂い成分に加え,他のメスに忌避作用を示す匂い成分が発せられていることを突き止めています(久保,未発表)。これらを併せると,今回の雌雄モザイク個体の場合,脳の左半分(オス側)に存在するfruitlessが働く神経回路が機能して新女王に接近したものの,触角での確認の際に「オス側:メスなので交尾すべし/メス側:メスなので離れるべし」という相反した解釈がなされ,交尾試行になかなか至らなかった可能性が考えられます(図2)。
今回の1/4モザイク個体も2016年に宇賀神博士らが報告した「左右で雌雄が異なる1/2モザイク個体」と同様,松尾さんが修士課程の研究で実験用に飼育していた巣から偶然出現したものです。「たまたま見つけた」現象を見逃さずに,マルハナバチの配偶行動のしくみを調べる格好の研究材料として活かして丁寧に解析を行い,実りある(= fruitful)情報を得ることに繋がりました。これからも,昆虫の社会の「なぜ?」を解き明かす先端的な研究が進められることが期待されています。

図1. クロマルハナバチ1/4雌雄モザイク個体

(左)外観。右上半身のみが黒色でメスとしての特徴を示す。(右)fruitless遺伝子のパターン。通常,オスでは脳・触角ともに青矢印の位置に,メスでは脳で赤矢印の位置(触角では検出されない)にバンドが検出される。雌雄モザイク個体では,脳・触角ともに左側がオス型の,右側ではメス型のパターンとなっていた。

図2. 雌雄モザイク個体に起きたこと(想像図)

新女王の体から発するフェロモンを感じとる触角が,調べたジナンドロモルフ個体では,左,右で各々オス,メスと異なっていたために混乱してしまい,スムーズな交尾試行に至らなかったと考えられる。