【農学研究科研究成果】やっぱり"孫太郎虫"の親は花が好き!~新たに花蜜/花粉食のヘビトンボ2種を発見~

2023.03.28

熊本大学大学院先端科学研究部・准教授の杉浦直人、飯田市美術博物館・学芸員の四方圭一郎、玉川大学大学院農学研究科・准教授の宮崎智史の研究チームは、北海道~九州に広く分布するヘビトンボProtohermes grandis(広翅目(こうしもく): ヘビトンボ亜科)の成虫が花蜜食であることを発見しました。これは自然環境下においてヘビトンボ科の成虫が食物源として花蜜を利用することを確認した初の事例となります。また、中琉球の限られた島(奄美大島・徳之島・久米島)に分布する近縁種のアマミヘビトンボProtohermes immaculatusが花粉を食べることも併せて確認しました。これらの研究成果は、2021年に花粉食であることが報告されたアマミモンヘビトンボ(クロスジヘビトンボ亜科)に続き、ヘビトンボ亜科にも採餌目的で花を訪れる種が複数いることを示し、謎につつまれているヘビトンボ科成虫の陸上での夜の暮らしぶり(食生活)の一端をさらに明らかにするものです。
本研究の成果は令和5年3月6日に日本昆虫学会誌のEntomological Scienceにオンライン掲載されました。

(ポイント)

  • クロスジヘビトンボ亜科のアマミモンヘビトンボに続き、ヘビトンボ亜科のヘビトンボとアマミヘビトンボの成虫も夜行性の“訪花昆虫”であることを新たに確認しました。
  • ヘビトンボはクリ(ブナ科)の花蜜、アマミヘビトンボはイジュ(ツバキ科)の花粉をそれぞれ摂食していました。
  • 国内外にはもっと多くの訪花性のヘビトンボ類がいると予想されます。そのなかには、もしかしたら成虫期の食物を花に完全依存する種さえいるかもしれません。調査研究のさらなる進展が期待されます。

(説明)

研究背景

広翅目のヘビトンボ科は「ヘビトンボ亜科」と「クロスジヘビトンボ亜科」からなる小さな分類群(世界に315種)です。それらの幼虫は“孫太郎虫”と呼ばれることもある肉食性の水生昆虫で、その生態が比較的よく解明されています。一方、陸生の成虫に関しては夜行性であることもあって、何を食べるのか等を含め野外での暮らしぶりが謎につつまれています。つい最近まで小昆虫や樹液を摂食していたという簡単な報告しかありませんでしたが、私たちによってクロスジヘビトンボ亜科のアマミモンヘビトンボNeochauliodes amamioshimanusの成虫がイジュSchimawallichii ssp. noronhae(ツバキ科)の花を訪れ、花粉を食べることが明らかにされました(2021年2月10日 熊本大学・玉川大学プレスリリース『孫太郎虫の親は花が好き!』)。これは世界で初めて広翅目にも花粉食の訪花性種がいることを確認した事例でしたが、私たちはそういった訪花・採餌の習性がヘビトンボ亜科の2種にもみられるかを調査し、その結果を今回の論文で報告しました。

主な研究成果

【ヘビトンボ】長野県飯田市において2022年6月にクリCastanea crenata(ブナ科)の開花木に飛来した成虫を計6回発見しました(図1)。クリの花穂を構成する多数の雄花には蜜の小滴が分泌されていました。発見個体の大多数は高所の花穂や葉に止まっていたため、あるいは飛翔していたため、詳しく観察することができませんでした。しかし、低位置の開花枝にいる1頭を運よく発見し、その訪花・採餌行動をじっくり観ることができました(少なくとも40分間、同じ枝上に留まっていました)。その個体は頭部と前胸を動かしながら枝上を歩きまわり、小腮髭(しょうさいしゅ)と下唇髭(かしんしゅ)を使って花蜜を感知すると、口器を雄花に押しあてて花蜜を摂取しました(図1)。一方、葯に口器をあてて花粉を食べる行動は確認できませんでした。

図1 クリの花蜜を摂食中のヘビトンボ(撮影 四方圭一郎).
発表論文には、この個体の採餌行動を撮影した動画もついています。

【アマミヘビトンボ】鹿児島県の奄美大島において2022年6~7月にイジュの開花木に訪花する個体の探索ならびに灯火に飛来した個体の観察を行いました。調査期間中、花を訪れている個体をみつけることはできませんでしたが、灯火に飛来した個体すべて(12頭)が体表に黄色の粉をまとっていました(図2)。走査型電子顕微鏡を用いて調べたところ、その黄粉はイジュの花粉粒であると判明しました。また、花粉をまとった個体(11頭)の液状排泄物を濾紙に吸いとり、その固形内容物を調べたところ、2頭の排泄物に多数のイジュ花粉が含まれていました(図3)。

図2 イジュの花粉を付着させたアマミヘビトンボ(撮影 杉浦直人).
図3 アマミヘビトンボの排泄物に含まれていたイジュの花粉(撮影 宮崎智史).

今後の展開等

以上の結果から、クロスジヘビトンボ亜科のアマミモンヘビトンボに加えて、ヘビトンボ亜科に属するヘビトンボとアマミヘビトンボも花を訪れ、採餌することが初めて明らかとなりました。これら3種のうち、少なくともヘビトンボは北海道~九州に広く分布しています。また、どの種も静止していることが多く、体表面に何かついていないか調べることも決して難しくありません。それにもかかわらず、どうしてこれまで誰もヘビトンボ類の成虫が花に来ることや花粉をまとった成虫がいることに気がつかなかったのでしょうか? 私たちは自らの調査体験も踏まえ、少なくとも下記の3点がその理由ではないかと考えます。

  • 夜間調査の欠如; 日中だけでなく、夜も花が咲いたままのクリやイジュのような植物では、これまで夜間に訪花昆虫を調べることがあまり実施されてきませんでした。
  • 訪花個体をみつける難しさ; 梅雨時期の夜間に高木の樹冠に咲く多数の花をひとつずつ調べてまわり、訪花個体をみつけるのは決して簡単ではありません。
  • 訪花個体を確認する難しさ; 梅雨の時期、葯の花粉が雨で洗い流されてしまえば、訪花個体かどうかを判断することが難しくなります。

今後はこれらの事項も意識し、探索を行えば、世界各地から訪花性のヘビトンボ科昆虫が次々にみつかるのではと予想します。そのなかには、もしかしたら、成虫が花蜜・花粉だけを摂食する種さえいるかもしれません。生活史を完結するために水域と陸域、ふたつの生態系を必要とするヘビトンボのような昆虫はそれ自体が魅力的な研究対象であるだけでなく、生物多様性の観点から景観の保全(水域と陸域の繋がりを維持する意義等)を考えるうえでも重要な示唆を与えてくれる存在であることから、さらなる研究の進展が望まれます。

(論文情報)

  • 論文名:
    Notes on the foraging habits of adult Protohermes dobsonflies(Megaloptera: Corydalidae): Further evidence for anthophilous megalopterans
  • 著 者:
    Naoto Sugiura*, Kei-ichiro Shikata* and Satoshi Miyazaki
    (*These authors contributed equally to this work.)
  • 掲載誌:
    Entomological Science
  • doi  :
    10.1111/ens.12542

(参考)