科学するTAMAGAWA 伝統ある玉川学園の武道教育(7-10年生)

2012.12.21

正課の武道は、“からだ”と“こころ”を鍛えるだけのものではありません。
日本の良さ、日本人のもっているべき心のあり方まで、
「本物」にふれながら身に付けていくのです。

小嶋 啓道教諭

2008年に改訂された『中学校学習指導要領』で、中学校の第1、2学年の保健体育で「武道」が必修になることが明記され、2012年度より完全実施となりました。その改訂にあたって、「学習を通じて我が国固有の伝統と文化に、より一層触れること」が明示されています。 太平洋戦争敗戦後、一時期GHQにより学校での武道が禁止されますが、1953年(昭和28年)に「格技」として正課授業に導入されました。1989年(平成元年)には、呼称が「格技」から「武道」となり、現在に至ります。

合津 忠一教諭

玉川学園では、教育の一貫として武道(柔道・剣道)をいち早く導入し、1967年(昭和42年)には男子の必修科目として指導を始めています。さらに、その2年後には履修者全員が参加する「寒稽古」が行事教育の一貫として行われるようになりました。毎年、大寒の時期に行われる恒例の寒稽古を前に、柔道の指導を担当する小嶋 啓道(こじま ひろみち)教諭と剣道を担当する合津 忠一(ごうづ ちゅういち)教諭に、玉川の武道教育や寒稽古について語ってもらいました。

玉川の武道教育とは?

上:10年生「黙想」(剣道)
下:7年生「黙想」(柔道)

小嶋: 玉川学園の武道教育は40年以上も前から始まっていて、スタート当初から柔道・剣道ともに専門家の講師を招いて本格的な指導を行っていました。

合津: 当時はまだ実施している学校が少なく、その理由として指導者や道具(防具)の不足があったようです。幸い、玉川学園は専門家の講師がいて道場があり、防具も充分に備えられていたなど、諸条件に恵まれていました。

小嶋: だからといって特別なことをしているということはありません。「保健体育」の授業のうち、かつて高等部1、2年生は週4時間の半分を武道に充てていましたが、現在は7-10年生まで週1時間を、4年間行っています。

合津: 技術を教えることは前提としてありますが、それ以上にどれだけ生活の中に活かせる授業ができるかを重視しているのが特徴でしょう。例えば、礼法や挨拶などといったことです。

小嶋: 柔道も同様です。受け身などの技術はもちろん大切ですが、同時に礼儀もしっかりとできるよう指導しています。現代っ子は恵まれた子が多く、粘り強さにやや欠ける印象があります。だからこそ、柔道や剣道といった武道を学ぶ意義があるのだと思います。そうしたことも踏まえ、精神的にたくましい生徒を育てたいですね。

合津: 環境が変わり、友達との遊び方、過ごし方も変化してきています。かつてはお互いに競い合っていましたが、今は友達といてもそれぞれで何かをしていたり……。仲間内で、もまれる経験が少ないように感じます。

小嶋: 昔は兄弟も多く、そこでも競争がありましたし、子ども同士がふれあいながら、さまざまな経験をしてきましたから。

日本古来の武道の魅力とは?

左:10年生との乱取り 右:10年生 立技乱取り練習
10年生 前回り受け身の練習

小嶋: 相手と直に組むことで相手を感じられること、自分よりも大きな相手を制すること、相手を投げる楽しさもあるでしょう。柔道は国際交流も盛んで、肌と肌の触れあいからすぐに仲良くなれます。そこには言葉ではないコミュニケーションがあるように思います。

合津: 剣道の魅力は、自分の強さ・弱さを教えてくれるところです。私は指導において、相手に打たれたら「参った」をすることと、「勝って反省、負けても感謝」の気持ちをもつことを大切にしています。それは礼法にもつながりますから。以前は地稽古(実践型の稽古)を多く行っていましたが、今は取り組みにもさまざまな工夫を凝らしています。武道は礼で始まり、勝敗が決した後も礼で終わります。礼は「禮」、つまり豊かさを示すもの。武道教育を40年以上にわたって玉川学園で実践しているのは、そういう理由もあるのだと思います。挨拶を例にとっても、徐々にできるようになるなど、生徒たちが少しずつ成長している様子が見られます。

小嶋: 急に身につくものではないのですが、段々と落ち着きが出てきたりもします。相手を思う気持ちが育まれることで、いじめもなくなります。また、柔道の基本ともいえる受け身は、日常生活やほかのスポーツでも活かされることが多くあるでしょう。

恒例の寒稽古はどんな効果が?

上:7年生 面打ちの練習 下:10年生の防具つけ

小嶋: 「北風に向かって口笛を吹け」という玉川学園創立者の小原國芳の言葉がそれを表しているでしょう。寒稽古を実施している中学校や高校は多くありますが、そのほとんどはクラブ活動の一貫です。玉川学園では履修者の全員が参加しますし、それをこれだけ長く続けているのも、ほかにないのではないでしょうか。朝・昼食も準備し、教員もさまざまな役割で参加しています。

合津: 高体連(東京都高等学校体育連盟)加盟校で柔道・剣道専門の指導者がいる約150校の先生方にヒアリングをした結果、学校として朝・昼食の準備までしているのは本校だけでした。武道の経験がある生徒は減少していますし、こうした取り組みはどうかな?と思うこともあるのですが、「今だからこそやりましょう」と保護者の方が言ってくださるのです。我々としては師弟同行の教育が実践できていると思えますし、一人ひとりの生徒も先生や仲間がいることを改めて確認できます。そうした存在がいるからでしょう、毎年半数以上の生徒が皆勤で寒稽古を終えています。

小嶋: 終わった後に感想を聞いてみると、「やって良かった」という声が多数挙がりますし、中には「クラブでやってみたい」という生徒もいました。初めは“寒くて嫌だな”と思っていた子も、どんどんと積極的になっていきます。

合津: 他の学校行事とは異なる達成感や満足感があるのではないでしょうか。寒さや早起きのつらさなど少しのことをガマンする経験は精神的なタフさにつながります。ですから生徒たちには「終えた後に何か感じるものが必ずある」と言っています。

小嶋: 昔の講道館の寒稽古は寒の入りから明けまで1ヶ月続い   たそうです。現在、玉川では1週間ですが、その中でも感じることはたくさんあります。

合津: 早朝に働く人々や朝日が昇るなかでのランニング、人の息で曇る道場の窓ガラスを見て、今まで感じられなかったことに気づくはずです。また、それを感じ取れる生徒が玉川には多くいます。

武道を通じて生徒たちに学んでほしいこと

上:7年生 技の指導 下:10年生 技の練習

合津: 野球やサッカーといった人気のスポーツに比べ、武道には派手さはありません。それはガッツポーズなどの派手な仕草は「礼を欠く」とみなされるからです。だからこそ、中学校や高校の必修の授業になるのです。「礼を欠く」という考え方は伝統的な日本の良さでもあります。

小嶋: 学習指導要領には「日本古来の生活様式も教える」とあります。正座や礼をなぜするのか、といったことも理解させなければいけません。今日、国際化とともに武道の精神、日本人としての心が失われているように感じます。精神論を前面に出すのは時代にそぐいませんから、スポーツの要素や体育指導という考えも考慮しつつ、日本発祥の武道を通じて日本を知ることになればと思います。また、日本を知ることが国際交流の本意だとも考えます。

合津: 「お願いします」「ありがとうございました」から自然とコミュニケーションが始まるのです。失われつつあった要素が含まれているように思います。相手と正面で向き合うことは、相手を知り、認め、思いやる心に通じます。また、「参った」の精神は、間違いを素直に認めることにもつながっています。

小嶋: 狭い道場で強い人(困難)を避けていては上達(成功)は望めません。道場は社会の縮図ともいえる場所。稽古で感じたことを卒業しても心にとどめていてもらえるといいですね。

合津: かつての教え子に会い、彼らの話の中に武道教育が生かされていると感じたときが、教師にとって最大の喜びです。

小嶋: 授業を通じて技術を身につけた後、段位の取得もできるのが玉川のもうひとつの特徴です。柔道では10年生までに初段(黒帯)を取ることが一つの目標です。柔道の総本山である講道館まで足を運び、段審査を受けています。

合津: 剣道でも東京都高体連の段位審査会で段位の取得をしています。試合での技術だけでは段位の取得はできません。あくまで基本に忠実に、中段の構えは堂々とした形を「富士山のように」と指導しています。

小嶋: 段審査を受ける生徒は未経験から段位の取得をめざすのですから、自分でその手応えを感じているのだと思います。

中学までは野球をしていたものの柔道に魅力を感じ高校から始めたという小嶋先生と、まったく興味がなく父に無理やり連れて行かれ、やむなく剣道を習うようになった合津先生。武道を始めたきっかけは対照的ですが、相手を敬う気持ちの大切さを伝えたい、という熱意はともに同じものがあります。