科学するTAMAGAWA 研究の指針となる高等教育書の刊行

2012.08.25

高等教育に関する出版の草分け的存在である玉川大学出版部。
高等教育の指針となり、全人教育に資する書籍の刊行を、
現在も精力的におこなっています。

玉川大学出版部と高等教育書

玉川学園には出版部が設置されており、大学生向けの教科書をはじめ、教育、哲学、宗教、芸術、文化、自然科学など、幅広い分野に関わる学術書・教養書を刊行しています。なかでも、高等教育の分野に関しては1980年代から出版に乗り出し、現在も多くの書籍を刊行し続けています。

なぜ玉川大学出版部は高等教育関係の本を出すようになったのでしょうか。その問いに、「玉川学園がめざす『全人教育』の理念と、高等教育のあり方に相通じるものがあるからです」と答えるのは、玉川大学出版部の成田隆昌さん。長年にわたって高等教育書の編集に携わってきました。もともと玉川大学出版部は1929(昭和4)年の玉川学園創設と同時に「玉川学園出版部」として発足しましたが、その前身は1923年設立の「イデア書院」まで遡ることができ、学園創設者で全人教育を提唱した小原國芳先生の著作を数多く刊行してきた経緯があります。

そこで今回は、玉川大学出版部の高等教育書刊行の歴史とその背景や意義について、そして創立者小原國芳先生が掲げた「全人教育」と高等教育書の関連について、成田さんにお話をうかがいました。

「高等教育シリーズ」の誕生

「玉川大学出版部で初めて刊行した高等教育関係の本は、ロンドン大学教育研究所大学教授法研究部の『大学教授法入門』の翻訳で、1982(昭和57)年のことです。訳者は喜多村和之先生たち。1972(昭和47)年に日本で初めて誕生した大学・高等教育を研究する専門機関、広島大学『大学教育研究センター』(当時)の先生方でした。その後も、喜多村先生の著作や翻訳書、研究パートナーでもあった天野郁夫先生の著作を次々と刊行。教授法から学習法、大学史、学生論、各国の教育事情まで、高等教育のさまざまなテーマを取り上げる『高等教育シリーズ』を、現在まで158冊を世に送り出してきました」。

そもそも高等教育書に着目した理由は、当時の社会事情にあったと成田さんは指摘します。「大学紛争が下火となった1970年代は、大学に対する社会の関心が次第に薄れ、大学関連の書籍も少なくなっていました。にもかかわらず、大学の大衆化や多様化が進み、高等教育はさまざまな問題を抱えていました。まだ“高等教育研究”という学問分野が確立されていない時期。そこで、大学の出版部としてこれからの高等教育の発展に役に立てればという思いから、当時としては未開のジャンルであった高等教育書の出版に乗り出したのです」。

全人教育と高等教育のつながり

とはいえ、確固たる研究分野として確立されていないなかでの刊行は、難しい舵取りが必要だったと成田さんは振り返ります。「当時の日本では、高等教育がどのように発展すべきなのか、その方向性が定まっていない状態でした。玉川大学出版部では、欧米の例を紹介する書籍や、欧米と日本の現状を比較する書籍を中心に刊行しました。また、大学だけでなく、短大、大学院、専門学校、大学校などの高等教育機関に目を配る必要もありました。あまりに専門的な書籍ばかりでなく、必要とされていながらほとんどなかった大学の教授法・学習法の実践的な本も重点的に企画するよう心がけていました」。

玉川学園ではこのような書籍の企画を検討する会議として「出版企画委員会」があり、小原哲郎前名誉総長や、小原芳明理事長・学長が、刊行の方針や内容を決定しています。「高等教育研究の先駆者であり、東京大学教授(当時)だった天野郁夫先生を玉川大学大学院の非常勤講師として招くなど、哲郎先生には企画の最初期から強力なバックアップをいただきました。また、芳明先生には、喜多村先生、天野先生との座談会への出席、高等教育シリーズの『アメリカ高等教育の大変貌』の翻訳など、多くの場面でかかわっていただきました」。

これほどまでに高等教育研究に力を注いだ背景にあったのは、玉川学園が掲げる「全人教育」の理念なのでしょう。「全人教育では、『教育の理想は、人間文化のすべてをその人格のなかに調和的に形成することにある』としています。つまり全人教育の基本は、幅広い知識を身につけることにある。一方、当時の高等教育は大衆化が進行しており、一部のエリートだけではなく、一般の人も大学へ進学するようになってきていました。いいかえれば、高度な専門教育だけではなく、幅広い教養教育のニーズが高まってきていたということ。したがって、高等教育の発展の方向性と、玉川学園がめざす全人教育とは重なる部分があるわけです。全人教育が進んでいく道をこれからの高等教育の変容のなかで確かなものとしてとらえたい、そう考えていたからこそ、哲郎先生も芳明先生も、高等教育書の刊行に力を注がれたのではないかと思います」。

『リーディングス 日本の高等教育』の刊行

こうして長年にわたり高等教育書の刊行を続けてきた玉川大学出版部。そこで追求してきた高等教育書の集大成が、2010年から2011年にかけて刊行した『リーディングス 日本の高等教育』(8巻)です。「高等教育研究を確立した第一世代の人々が第二世代にバトンタッチする時期にさしかかってきました。何を軸としてこれからの高等教育を見据えるべきかを、次世代の研究者や高等教育に興味をもつ人々に提示し、さらなる高等教育の発展に寄与するべきだと考えました。そこで刊行したのが、この『リーディングス 日本の高等教育』です」。

「新しい学問の発展につながるよう、編者には気鋭の若手研究者を起用しました。全体の企画編集には、東京大学教授の橋本鉱市先生、名古屋大学准教授の阿曽沼明裕先生にお願いし、各巻のテーマを決定。その後、巻ごとに編者を決めて重要文献を選定し、さらに解説も加えていただきました。忙しい先生方のスケジュールを調整して会議を設定したり、掲載する論文の許諾を一つひとつ確認するなどの苦労がありましたが、そのかいもあり、玉川大学出版部が積み重ねてきた高等教育書の集大成といえるシリーズとなりました」。

新たな高等教育書に向けて

2012年3月に刊行された『大学の教務 Q&A』では、それまでの高等教育書の成果を生かしつつ、新しい切り口も開拓しました。「多くの高等教育書を刊行するなかで、大学職員の業務に役立つものをつくれないかと考えていました。そこで誕生したのが、実用的な内容を一問一答形式で解説する『大学の教務 Q&A』です。職員にとって本当に使えるものになったと自負しています」。

「今後、高等教育はもっと身近になり、より多くの人が関わることになっていくでしょう。また、新たな変化が起こり、専門化・細分化も進んでいくと思われます。そうした動きをフォローしたタイムリーな企画も展開し、これからの高等教育が向かおうとする指針となるような出版物を刊行していきたいと思います」。