科学するTAMAGAWA 「自ら学び、考える」児童書の刊行

2012.08.25

日本の大学出版部で唯一
児童書を手がける玉川大学出版部。
「自学自律」の理念に即し、
常に時代に呼応した児童書を刊行しています。

教育書としての児童書

「現在、日本には50を超える大学出版部がありますが、コンスタントに児童書を出しているのは玉川大学出版部だけです」。そう語るのは、玉川大学出版部の森貴志さん。「大学の出版部といえば、研究・教育の成果を社会に還元する目的で学術書・教養書・教科書といった書籍を刊行するのが一般的です。玉川大学出版部もこれらの書籍を出していますが、加えて児童書の刊行もひとつの柱にしています」。

「玉川学園は幼稚部から大学・大学院までを有する総合学園です。また、歴史的にも、玉川学園は幼稚園、小・中学校からスタートしています。これほど学校現場に接している版元はないと思います。このことが、教育書として児童書を出し続ける理由のひとつです」。では、具体的に玉川大学出版部ではどのような児童書を刊行してきたのでしょうか。玉川学園の教育理念との関係について、お話をうかがいました。

本の果たす役割

玉川学園創立者の小原國芳先生は、学園創設以前にいくつかの事業を手がけていました。そのひとつが出版業で、1923(大正12)年に設立した「イデア書院」は玉川大学出版部の前身といえます。「イデア書院時代は國芳先生の著作の刊行と『全人教育』の普及を中心に活動していましたが、当初から児童書も出版していました。20世紀が『児童の世紀』といわれ、ちょうど鈴木三重吉が雑誌『赤い鳥』を創刊するなど児童文学の黄金期といわれたころ。イデア書院でも小川未明、山村暮鳥といった文学者の、子ども向けの本を出しています。國芳先生は、教科書のレイアウトに関する考えなども書き残していますが、いくつもの雑誌の発行もし、さまざまな企画を実現する編集者だったのです」。

イデア書院が発行していた雑誌『イデア』で國芳先生は、「いい児童読物の少ないことは日本教育の非常に残念なことである。児童読物の編纂は教育国の急務中の急務である」、「いい教材を提供することが、殆んど教授の半分だと位思う」といっています。森さんは、「『イデア』創刊号の巻頭は『児童図書室論』です。学校における本の必要性、さらに教材・児童書の果たす役割を感じていたのでしょう」と話します。

その後、1929(昭和4)年に玉川学園が創設され、イデア書院は「玉川学園出版部」として再スタートします。そしてわずか3年後の1932(昭和7)年には、日本で初となる子ども向けの百科辞典『児童百科大辞典』を刊行します。「全30巻にも及ぶ『児童百科大辞典』の出版は、当時としてはほかに類を見ない画期的なものでした。子どもの好奇心をくすぐる多数の写真や図版。ここでも編集者としての國芳先生の姿が見えますが、これを子どもたちの『自学自習書』と位置づけています。また、分野別の巻構成にしているのは、國芳先生が学問を断片的に学ぶのではなく、体系的に学ぶことを重視していたからです」。この精神は、『学習大辞典』『玉川児童百科大辞典』『玉川こども・きょういく百科』などと、かたちを変えながら、今日もなお玉川大学出版部に受け継がれています。

本の世界と現実の世界

近年、玉川大学出版部では絵本や読みものなど、バラエティーに富んだ児童書の刊行をおこなっています。そのきっかけとなったのは2002(平成14)年に刊行された谷川俊太郎さんと和田誠さんによる『ともだち』だと、森さんはいいます。「これは『玉川こども・きょういく百科』の『ともだち』の巻に収録されていた一部を単行本化したものです。独特の視点で“友だち”を定義する詩とそれにあったイラストは、子どもが自分の身近な存在から現実の世界を考える材料になっていると思います」。

また、CDやサッカーボールなど身のまわりのものが作られる工程を紹介した『絵解き図鑑 こんなふうに作られる!』や、“お金”“趣味”“計画”“危険と安全”“コミュニケーション”といった身近なテーマをお話と解説で理解し、生活に生かせるよう導く「キッズ生活探検おはなしシリーズ」(5巻)、同じく実用的な文章の書きかたをお話仕立てで楽しく伝える「小学生のための文章レッスン」(3巻)なども刊行しています。

なかでも、科学の概念を擬人化して紹介する「科学キャラクター図鑑」シリーズは大きな反響を呼んでいます。「たとえば『周期表』では、マグネシウムが『ぼくはとても活発で、いつでも反応を起こしてしまう!』と、キャラクター化された元素が自己紹介をします。



科学というととっつきにくい印象がありますが、 このシリーズは小学校低学年の子どもにも好評で、はがきにキャラクターの絵を描いて送ってくれる読者もいます。学校をはじめ、学習塾・予備校からも、教材として取り入れたいと多くの問いあわせがあります」と森さん。
「科学キャラクター図鑑」シリーズは『天文学』『生物学』『数学』『人体』など現在11巻で、今後も刊行が続きます。ほかに自然科学分野では、ほ乳類、は虫類、魚、鳥、昆虫、ペンギンといった生物を種類ごとに知ることができる「自然スケッチ絵本館」シリーズ(12巻)もあります。 さらに、科学リテラシー向上の観点から、夏休みには玉川学園のサイテックセンターで、本と実体験をつなぐ「科学あそびの時間」という親子向けのイベントも開催しています。

「生きる力」を育む

「社会や環境の変化にともない、子どもをとりまくメディアも大きく変わりました。特にインターネットの登場で情報があふれている今、何かを調べることはさほど難しくなくなっています。一方で、あふれる情報のなかから子どもたちが自分で何かを選び、考え、生きていくのは、以前より困難になっているのではないでしょうか」。

そういわれてみると、やさしい語り口ながら考えさせられる内容をもつ『ともだち』、身近なものが作られる工程からものづくりへの関心を導く『絵解き図鑑 こんなふうに作られる!』、キャラクターを覚える感覚で科学に親しむ「科学キャラクター図鑑」……。どの書籍も楽しみながらその先にある学問へたどり着く内容になっていることに気づかされます。

「子どもの読書は主体的なものだと思います。大人は何かを求めて本を読みますが、子どもはおもしろい本、楽しい本に夢中になるのです。玉川大学出版部では、教育・学習・教養という面から児童書を刊行しています。学習指導要領に『生きる力』とありますが、子どもが自分で考え、生きていく姿勢をもつきっかけとなる本づくりを心がけています」。

玉川学園の教育信条のひとつに「教えられるより自ら学びとること」をよしとする「自学自律」があります。「おもしろさや楽しさといった要素を散りばめながら、子どもたちの興味を喚起し、自ら学ぶ姿勢を身につけられるような児童書の刊行をめざしています。國芳先生は『子供自身が開拓し自学して行くこの貴いことは今更いうまでもない』、『読書の趣味を日本人につけたい。……一生学問し読書する趣味と研究の武器を授けたい』といっています。玉川大学出版部は教育現場に寄り添い、教職員とも連携して出版物を企画できる強みがある。その強みを生かし、これからも玉川らしい児童書を刊行していければと思います」。