科学するTAMAGAWA 「話したい!話そう!」と思う子どもを育てる言語獲得の最新研究

2012.05.25

人間はどのように言葉を獲得するのか。
どのような教育が英語の発達に効果を発揮するのか。
科学的なデータに基づく研究の根底にあったのは、
“積極的に自己表現する”子どもを育てたいという想いでした。

言葉はどのようにして獲得されるのか

私たち人間は、誰しも「言葉」を使います。しかし、その言葉は「いつ」「どのようにして」獲得されるのでしょうか。こうした問題に対し近年、言語学や心理学と科学的な研究分野が連携した、新しい取り組みが行われてきています。

玉川大学リベラルアーツ学部の佐藤久美子教授も、情報科学・工学・脳科学といった分野の研究者と共同で、子どもの言葉の獲得について研究しています。今回は、最近の研究で新たにわかってきたこと、さらに、その成果を考慮した効果的な英語教育のあり方について、お話を伺いました。

科学的な調査でわかってきた子どもの言葉の発達

佐藤教授の研究は、子どもの言葉の発達程度を実際に調査し、そこで得られた科学的なデータをもとに、英語教育に応用しようというものです。「調査では2~5歳児を対象に、初めて聞く言葉(未知語)をどれくらい反復できるか。また、母親との自然なコミュニケーションが言葉の発達にどう影響するかを調べました」と佐藤教授は話します。

具体的には、未知語の反復調査では「てずてず」「ぎもぎも」といった簡単な未知語を子どもに聞かせ、その反復ができる能力とその子どもが知っている言葉の量(語彙サイズ)の関連を調べました。「すると、未知語の反復ができる子どもは、語彙サイズも大きいという結果が得られたのです」と佐藤教授。「つまり、知らない言葉を反復するという行為が、語彙の発達、語彙サイズの増加に密接に関わっていることが示されました」。

また、2歳児における母子のコミュニケーションの調査では、子どもの発話に対する母親の反応の早さ(応答タイミング)、発話する時間の長さ(発話持続時間)、話すスピードの3つについて調べたといいます。「これでわかったのは、子どもの発話に対し母親が“すぐに反応し”“短い言葉で”で応答し、子どもには“ゆっくり話しかける”ほど、子どもの発話量が多く、また、語彙サイズも大きいということでした。例えば子どもが『クレヨンがあった』といったら、母親がすぐに『クレヨンあったね』などと短い言葉でゆっくり返すほど、子どもの言葉が発達しやすいということです。このくらいの年齢の子どもと母親は、お互いの言葉を反復し合うことが多いため、普段の母親の反応が、子どもの言葉の発達に大きな影響を与えていることが伺えました」。

そしてこれは、日本語に限ったことではないと佐藤教授は話します。「第2外国語として英語を教える際にも、同じことが考えられます。生徒の発話に対して、先生がすぐに、短く、こたえてあげて、ゆっくり話しかけることが、教室での英語教育にも大切なポイントとなるのです」。

言葉の発達を英語の教育方法に活かすには

さらに、英語教育にどんなインプットを使えばより効果的なのかも、佐藤教授は研究しています。「3~5歳児を対象に、歌・チャンツ(簡単なリズムに乗せて単語や文を聞かせること)・読み聞かせの3つの方法で英語を聞かせ、英語の語彙の発音力の伸びを調べました。すると、年齢やもともとの語彙力に関わらず、読み聞かせが一番発音力の伸びに影響することがわかりました。また、チャンツは低年齢の子どもで、やや語彙力が低い子どもに対し有効であり、逆に、歌は5歳児くらいにならないと効果が現れにくいことも見えてきました」。

つまり、子ども向けの英語教育番組などで英語の歌を使用することがよくありますが、3~4歳児に対しては歌の効果はそれほど高くなく、成長段階と教育方法に注意が必要ということです。佐藤教授は「英語の絵本を読み聞かせても、小さい子どもには理解できないと多くの人が思っているかも知れません。しかし、この研究により絵本の読み聞かせは効果的であることを示すことができました。読み聞かせは言葉だけでなく、絵を見て理解することもできますし、読む人の声の調子やジェスチャーなども子どもの言葉の理解を助けるのです。その際も先の研究結果を踏まえ、子どもと適切な対話をしながら感情をこめてゆっくりと読み聞かせることで、より高い学習効果が期待できます」と説明します。

社会へと広がる新しい英語教育の方法

佐藤教授はこうした研究をもとに、大学の外へも活躍の場を広げています。そのひとつがNHK Eテレの子ども向け英語教育番組『えいごであそぼ』の総合指導です。「『えいごであそぼ』では、研究の成果を踏まえストーリーテラーが絵本の読み聞かせを行い、そこに出てきた一部の単語や文を使ってチャンツも行います。10分の番組ですが、その半分近くを読み聞かせと相互作用、チャンツが占めており、最新の研究成果を取り入れた画期的なプログラムになっていると思います」。

また、NHK ラジオ第2の『基礎英語2』では講師も務めています。「2011年度から、小学校で英語が必修となりました。しかし、先生方の多くが“何を教えたらいいかわからない”“どう教えたらいいかわからない”という悩みを抱えているのが現状。小学生に英語を教えるノウハウがまだ確立されていないのです。そこで『基礎英語2』では、小学校の英語の先生が英語力を高めながら、どういう授業をすればいいかのヒントになるようなプログラムを構成しています。例えばテキストには、授業の材料になるようなイギリスの小学校の話題をたくさん取り上げています。また、イギリスに引っ越してきたアメリカ人の一家が登場するのでイギリス英語とアメリカ英語が混在します。ここで伝えたいのは、『いろいろな発音があるので、小学校の時点では特に厳密に気にしなくても大丈夫』ということです」。

「さらに、“Can you guess?”というコーナーも設けました。今までのリスニングというのは、“正しい答え”にたどり着くのが目的でしたが、それでは『私はこう思う』という、考える積極的な英語力が身につかないのです。正しさにとらわれず、自ら考え、積極的に話せる力をつけることが目的です。また、”Check it!”のコーナーでは、楽しいイラストを見ながら、様々な場面や話し手になりきり、学習ポイントとなる文法を使った会話練習をします。場面に応じて “使える英語”を身につけることが重要というメッセージを込めているのです」と佐藤教授。また、今回の場面や機能に応じた発話練習は、ヨーロッパの人々が共通の基準で英語を学習できるように開発されたCEFR(セファール)というガイドラインに基づいており、国際的に通用する英語の指標に基づく語学番組を目指すNHKの指針にも合致しています。

他分野の研究やゼミの学びとの連携

佐藤教授の研究は、他の研究分野との連携を盛んに行っているのも特徴です。「例えば、子どもが言葉を聞いているときの脳波を調べたり、データ集計のためのソフトウェアの開発を依頼するなど、脳科学や情報工学の研究者との連携は、非常に大きなメリットを生んでいます。また、私たちが母親の発話を定量的にデータ化する手法を見て、経済学の研究者の方から驚かれたことがあります。お互いの研究分野を参考とすることで、いい影響を与え合えていると思います」。

また、玉川大学リベラルアーツ学部のゼミとも連携し、学生の成長にも大きな効果を発揮しているといいます。「私が研究のために保育園や幼稚園で調査をするときには、いつもゼミの学生を一緒に連れて行くことにしています。学会レベルの研究に携わることは、学生にとって大きな自信になるからです。また、自分で調査してそれを集計し、仮説を立てて検証し、結論を出して考察を加え、資料にまとめて発表するという一連の経験は、たとえその学生が将来教員にならないとしても、社会に出て仕事をする上で絶対に役立ちます。こうした力は、本を読んでわかったからといって身に付くわけではなく、自分で体験してみることが必要なのです。実際、私の研究室のゼミ生は、発表後にめざましい成長を見せてくれますよ」。

「積極的に自己表現する」子どもを育てたい

こうした研究の目標について佐藤教授に聞くと「言葉の発達を解明したり、英語教育の効果をあげたりすることは、最大の目標ではない」と話します。「一番の目標は“積極的に話したいと思う子どもを育てること”です。そのために、どの年齢のときに、どのような環境で、どのような教え方をすればいいのかを研究しているのです。私の場合、それがたまたま英語教育という専門分野に関わっていたというだけで、必ずしも英語でなくてもよいのです。“自分のことを表現してみたい”“積極的に話したい”という子どもを一人でも多く育てることが、私の研究の最大の目標だと考えています」。