玉川大学芸術学部シンポジウム「美術教育の現在――学校と美術館の役割とは――」が開催されました。

2016.04.20

玉川大学の大学教育棟 2014で開催された、美術教育における学校と美術館の役割について考えるシンポジウムに、教職を目指す学生や現職の先生方、教育学芸員など約90名が参加しました。

日米の美術教育界で活躍する3氏の講演から学ぶ「学校と美術館の役割」

玉川大学芸術学部の芸術教育学科は、次世代の子供たちへの芸術教育を担う人材養成を目的として、2014年に設置されました。本学科の教育研究の一環として開催されたシンポジウムでは、日米の最先端で活躍する美術教育者に講演をいただきました。講演に先立って本学の中村慎一芸術学部長が登壇。「現代の日本では、クリエイティヴィティの高い、主体的行動のできる人材の育成が求められており、それを実践できる教員の養成は急務となっています。美術館や博物館が我国の文化的共有財産を用いてクリエイティヴィティを高める教育を実践し、日本を活発にしたいと考えます。そこで、アメリカからメトロポリタン美術館教育学芸課長のウィリアム B.クロウ氏、大原美術館学芸課長の柳沢秀行氏と、美術教育家・本学非常勤講師の永関和雄氏の3氏からご講演をいただき、人材育成と芸術教育、美術教育の役割について考えたいと思います」と述べました。

第1部の講演で最初に登壇したクロウ氏は、高校教員、ギャラリー・エデュケーターを経てメトロポリタン美術館に勤務。2014年にはアメリカ美術教育学会から「イースタン・リジョン・アート・ミューゼアム・エデュケーター・オブ・ザ・イヤー」を受賞され、ビジュアル・アーティストとしても活躍されています。「美術館におけるクリティカル・シンキングとクリエイティヴィティの養成――メトロポリタン美術館の美術教育の現状と美術教育者のための方策の紹介――」と題した講演は、冒頭でクロウ氏自身の美術との出会いにさかのぼりました。15歳だった9年生(中学3年生に相当)の時、美術教員による思考力を刺激する斬新な教え方に影響を受け、自身も高校の美術教員に。生徒がクリティカル・シンキングをもてるように熱心に指導するものの意気込みが空回りしていました。藁をもすがる思いでメトロポリタン美術館のエデュケーター教育のワークショップに参加し、マクシム・グリーン女史に出会いました。哲学者で同館エデュケーターのグリーン女史に悩みを打ち明けたところ、「経験は与えるものではなく、自分でするもの」と指摘され、「教員は与えるのではなく、環境をつくり、その中で生徒自身が経験して考えるもの」だと理解したそうです。
そしてメトロポリタン美術館の教育学芸員として、「ギャラリートーク、ワークショップ、教員向け講義、障害者向け授業などのアクティビティを通して、クリティカル・シンキングを育成する活動を続けている」と話しました。またそのようなアクティビティには、美術作品を身近に感じさせ、学習者自身の意見や考えが生まれるのを助け、たくさんの意見があることを学ぶさまざまな工夫が施されていることを紹介しました。

我国の学校における美術教育の現状と、進歩的な私立美術館の取り組み

次に、美術教育家・本学非常勤講師の永関和雄氏が登壇しました。永関氏は中学校美術科教諭、東京都教育委員会指導主事、八王子市教育委員会指導室長から公立中学校統括校長を経て、現職を務めていらっしゃいます。「感性や自己決定力を育む美術の授業――主体的にかかわる鑑賞を通して――」と題した講演では、学校教育における図画工作、美術では楽しく幅広い活動を通して「自分で感じ、自分で考え、自分で決める力」を伸ばし、豊かな感性や情操を養うことを目標としていると解説。学習指導要領では図画工作・美術の本質的意義は、「形や色などを自分が感じて自分のイメージをもつことを目指すこと」であると説明、また特に義務教育として全員が学ぶ中学校美術を大切にし、「生涯、自分の感性や価値観で、生活とかかわる造形や美術を楽しめる人」を育てる教科とするべきと話しました。一方で、学校教育の中で美術の授業時間数が少なく、しかもその教育内容は、「表現」と「鑑賞」の両方の学習で構成されるべきであるのに、美術作品の「鑑賞」がなかなか実施されない現状を強調しました。そこで、鑑賞の授業を効果的にするための教科書、映像メディアの活用、修学旅行や校外学習での鑑賞体験や美術館との連携など、さまざまな学校での工夫を紹介しました。最後に「美術を生涯楽しむ人にする滑走路が中学美術の役割である」と結びました。

大原美術館学芸課長の柳沢秀行氏は、「大原美術館の小さなお客様たち」をテーマに講演しました。柳沢氏は岡山県立美術館学芸員、大原美術館のプログラムコーディネーター・学芸員を経て現在に至っています。岡山県倉敷市にある大原美術館は私立の美術館として画期的なプログラムを実践し、日本の美術界を牽引する存在として知られています。同館では幼少期より美術作品と触れ合うことを重視し、さまざまなプログラムを実施しています。注目すべきは1993年より未就学児童を受け入れて、現在は約25の幼稚園・保育園より年間4000人ほどが来館して、同館のプログラムに参加していることです。さらに夏休み時期の8月後半の2日間に開催される「チルドレンズ・アート・ミュージアム」は、1000人を超える参加者と外部スタッフ約150~200人による大人気プログラムになっています。幼児・子供向けのプログラムでは、まずピクトグラムを用いて館内での禁止事項を伝え、その後は園児や子どもたちが美術作品の印象をその作品の前で絵を描いたり、ダンスなどで表現するなど、子供の感性、自主性を尊重した内容となっています。柳沢氏は幼児・子どもへのプログラムの提供を主に紹介しつつ「作品は多様な情報体であり、アプローチはさまざまだ」と、美術作品と美術教育の可能性について話しました。

未来の社会で活躍できる子どもたちのためにも、美術教育の充実、改革を!

休憩をはさんで第2部では、参加者からの質問に対して先の3氏とコーディネーターの本学芸術学部の加藤悦子教授によるパネル・ディスカッションが行われました。最初に「今の日本の美術教育に足りないものとは」の質問に対して、永関氏は「何を目指すのか、学校、教員、保護者の共通理解が不足している」と指摘し、柳沢氏は「美術館の目的・使命をはっきりと把握すること」としました。これに対してクロウ氏は「2人の意見に同感。アートの定義についての話し合いが必要。子供たちのアート教育には周囲の連携が重要で、そのためには大人も作品鑑賞を楽しむトレーニングが必要であり、その機会を増やす必要がある」と話しました。次に「美術館・博物館で開催するプログラムは学校教育側、施設側のいずれから提案すべきか」について、3氏ともに学校現場は多忙でありプログラムの計画・立案は困難であり、施設側に丸ごと委ねている現状を指摘。そのうえで、学校側と施設側が対話を続け歩み寄ることが重要で、双方の力を合わせてよりよいプログラムの計画・立案を進めることが必要としました。また、クロウ氏がメトロポリタン美術館を例にあげ、15歳から18歳くらいまでのアイデンティティが確立する年代に対してのワークショップなどを開催していることも紹介。参加者の方々に、美術教育の可能性と課題を示し、盛会のうちにシンポジウムは終了しました。
教員養成に携わる方、現職の教員の方、美術館教育に携わる方、美術教育に関心を寄せる方、教職を目指す学生などに参加いただいた今回のシンポジウムを振り返り、「教育改革が進んでいるなか、美術教育においては鑑賞と表現を有機的につなげていくことが重要だと考えており、本学の芸術教育学科の教員はそれを教員養成指導のポイントとして働きかけています。教職など芸術教育者を目指す学生たちが今回のシンポジウムをアクティブ・ラーニングの一つとして、いつの日か役立ててくれると期待しています」と加藤悦子教授は話しました。

中村慎一芸術学部長は「少子高齢化の日本社会では一人ひとりのパフォーマンスを高めていくことが我国の発展にとって重要と言われています。そのためには、新しい発想をもって新たなことにチャレンジする人材の育成が求められており、芸術作品の鑑賞や表現活動をもってクリティカル・シンキング、クリエイティヴィティを高めていくことが効果的だと考えています。今回のシンポジウムがその手がかりとなったのではないでしょうか」とシンポジウム開催の意義を述べていました。