玉川大学 読売新聞社立川支局 共催 連続市民講座第2回 「いま世界の哲学者は何を考えているか」

2018.05.02

2018年4月より玉川大学では、読売新聞立川支局と共催の連続市民講座「進む大学研究 最先端の現場から」がスタートしました。この公開講座は玉川大学8学部・研究所の先生方が講師を務め、12月まで全11回、それぞれの分野での“最先端”についてわかりやすく講義します。4月21日開催の第2回のテーマは「いま世界の哲学者は何を考えているか」。講師を務める文学部の岡本裕一朗教授が、最先端のデジタル・テクノロジーや生物遺伝学との関わりのなかで哲学と哲学者が果たす役割について興味深く語り、受講者は熱心に耳を傾けました。

「ヒトはどこへ向かうか?」
新たな状況には、新たな思想・概念が必要となる

西洋哲学が専門の岡本教授は、自己紹介を兼ねてギリシヤ哲学の時代から説き起こし、「デジタル通信革命」や「インダストリー4.0」と言われる現代社会が、活版印刷の登場(15世紀半ば)や産業革命に匹敵する歴史的な大転換期にあると話します。

講義は大きく二部構成で、最初のテーマは「ヒトはどこへ向かうか?」。はじめに米国プリンストン大学の生物遺伝学教授であるリー・M・シルヴァーの著書『Challenging Nature』(邦題『人類最後のタブー』)に書かれているヒトとチンパンジーとの交配というショッキングなエピソードが紹介されました。そしてシルヴァーは、今後、人類はヒトの遺伝子改変を積極的に進めていく「遺伝子リッチ派」と、遺伝子改変を拒否する「遺伝子ナチュラル派」に分かれていくという未来予想を示し、やがてこの2つの派の人々が結婚しても子供が生まれないという驚くべき事態が到来する可能性を警告。このように人類は、遺伝学的に交配が可能な現在のヒトとチンパンジー以上の差異があると考えられ、現在のヒトの後継種=ポストヒューマンの出現を意味します。

岡本教授はヒトにおけるゲノム編集など生命倫理上の問題にふれながら、実は「倫理」そのものには明確な根拠がないことを指摘。「新たな状況には、新たな思想・概念が必要」であり、「新たな思想・概念」をもたらすことが哲学の役割のひとつであることを示唆しました。

「デジタル・テクノロジーは何を変えるか?」
ヒトが消えていく社会の出現

2つ目のテーマは「デジタル・テクノロジーは何を変えるか?」。岡本教授は最初に「シンギュラリティ(特異点)」の問題について話し始めました。AI(人工知能)ブームの中でよく使われるようになった「シンギュラリティ」という言葉は、コンピュータ(人工知能・AI)が人間の知性を超えることにより、人間の生活が後戻りできないほどに大きく変容してしまうという概念です。

実際、デジタル・テクノロジーの発展は書物を通じて人間理解を深める「人文主義」の終焉を招いています。また、ロボット技術や人工知能の発展は、生産現場や暮らし、さらには軍事ロボットなど戦争からも人間の存在を消しています。最近話題のAIが制御する自動運転車は、人間が運転する従来のクルマよりもずっと安全で、交通事故が激減することが期待されています。しかし、社会への導入にあたっては、いわゆる「トロッコ問題」が十分に議論される必要があるとされています。
「トロッコ問題」というのは以下のような思考実験です。

目の前にある道路が陥没し、ブレーキをかけても間に合わない。直進すれば穴に落ちて4人の同乗者が死んでしまう。方向を変えれば助かるが、その先にいる6人の歩行者を轢いてしまう。クルマを制御する人工知能はどちらを選択すべきか?

現在のところ、AIにこうした状況判断をさせるのではなく、人間があらかじめクルマの行動をプログラムすることが自動運転車開発の前提になっています。そしてある自動車メーカーの方針は「乗員ファースト」、すなわち上記のケースでは、方向転回して歩行者を轢くことを選択することになっているそうです。では、そのプログラミングを誰が行い、責任は誰が取るのか?そもそも基準となるルールを決めることは可能なのか?……自動運転車の実現までに私たちが解決しなければならない問題は山積しています。岡本教授は、「トロッコ問題」でどちらを選ぶべきか受講者にも挙手を求め、その難しさについての理解を促しました。

ゲノム編集や自動運転車が人類に突きつける数々の難題を詳らかにしながら、哲学はつねに「この時代とは何か?」「我々に何が起ころうとしているのか?」といった命題を問い続けてきたと語る岡本教授。そして、最先端研究にはそうした哲学研究が不可欠ではないかと受講者に問いかけます。

「新しい時代を概念的に把握する」ための学問。そうした哲学のとらえ方は、ともすれば「実践的ではない学問」「青臭い人生論」などと見られがちな哲学に新たなスポットをあて、受講者に新鮮な驚きをもたらしたようでした。最後に岡本教授は一大転換期である現在を「哲学にとって面白い時代になってきました」と講演を締めくくりました。

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