"東日本大震災の被災地に笑顔を届けたい"

2014.10.15

大きな被害をもたらしたあの日から3年半の歳月が流れましたが、
その傷跡はいまだ多くの人の心とたくさんの地域に残されています。
そうした人や地域の復興の力となるのがボランティアです。
玉川大学の学生によるボランティア活動と、
その活動を支える学生センターの取り組みを紹介します。

実情に合わせて変化するボランティアとその支援

玉川大学におけるキャンパスライフを支える学生センター。アパートやアルバイトなどの生活面、各種奨学金などの経済面、クラブ・サークルなどの課外活動にいたるまでサポート範囲は多岐にわたります。さらに、ボランティアに対する支援なども行い、学生の自主活動や学部間交流の場である学生コミュニティ「SUPLI(サプリ)」を学生と協働で立ち上げるなど、学生の豊かな想像力を創造力へ発展させ、社会を生き抜く力を育成する中心的な役割を果たしています。今回は、さまざまな支援活動の中のボランティア支援について、学生センターの八木 英輝(やぎ ひでき)係長にお話を聞きました。

ボランティアとしてミュージカル上演した劇団「フルリール」

「2011年3月の東日本大震災以降、ボランティアへの意識が高まり、さまざまな形で被災地支援活動が活発になりました。玉川大学でも『東北復興ボランティアプログラム』を震災後に立ち上げ、2012年度に設立された『玉川スチューデントサポート基金』よりボランティア活動の経済的支援を行っています。2014年度は、東北復興ボランティアプログラムとして9月初旬に3泊4日で岩手県釜石市に出向く学生の旅費の一部負担をはじめ、宿泊を伴うボランティア体験をする“災害ボランティア研修”に参加する学生への支援も行っています。また、これまでゼミなどの団体が行っていたボランティア活動のさらなる支援を目的に、公募型の『被災地ボランティア活動支援制度』もスタートしました」

大震災から3年半が過ぎ、がれきの撤去・処理こそ進んでいるものの、避難生活を余儀なくされている人は約25万人を数え、住環境整備や街づくりの進捗状況は芳しくありません。また、県市町村など自治体や地域によって復興の進捗状況に大きな隔たりがあることも問題視されています。八木さんはそうした被災地の現状をこうとらえています。

「今、被災地のボランティアは過渡期にあると思います。がれきの撤去を進めていた時期は、単純に多くの人の手が必要でしたが、それが一段落し、これからは専門的な技能・技術をもった人が求められるようになってきています。漁村であれば“漁に使う網の補修ができる人”といったような。玉川大学でも、ボランティアに対する意識は高いものの、どこへどうアプローチしたら良いのか困っている学生がいました。そうした意識を被災地につなぐのもセンターの役割でしょう。もちろん、単にボランティアに参加して終了ではありません。現地での体験を通じて学び得たことや課題を振り返ってもらう機会を設けたり、来年2月に開催される町田市教育委員会主催の「東北復興ボランティア展」で、ボランティア活動の紹介、パネル展示や事例報告会に参加を計画しています。実際に参加した学生たちの様子を見ていると、いきなり現場を見てショックを受けるものの、自分たちの活動に感謝の言葉をかけられることで笑顔が戻り、それからは顔つきが変わっていくように思います。中には3泊の予定を延泊したいと申し出た学生もいました」

笑顔を届けるボランティアミュージカル団体『フルリール』

次に紹介するのは、『被災地ボランティア活動支援制度』を利用して被災地(福島県南相馬市)に赴き、ミュージカルを上演した劇団『フルリール』です。フルリールは2014年に設立されたサークル団体で、本学芸術学部パフォーミング・アーツ学科の1年生を中心に40名の“劇団員”が所属しています。

大学の入学式で偶然隣り合わせた二人。“ミュージカル”という共通の話題で一気に意気投合し、団体の設立、そして8月31日のミュージカル上演へとめまぐるしく過ぎていった半年間を、団長を務める西郷 真悠子(さいごう まゆこ)さん、副団長の野村 綾子(のむら あやこ)さんに振り返ってもらいました。

野村 

高校で演劇部に所属し、3年生のときに「Étudiant(エチュジオン)」という演劇団体を立ち上げ、「レ・ミゼラブル<変わらない愛のカタチ>」を生まれ故郷である福島の南相馬で上演したんです。大学でも同じようなことができないかと考えていたら……。

西郷 

ミュージカルで被災地の人の笑顔を増やしていきたいという思いをもっていました。二人でいろいろな人に声をかけて、集まってくれた人がその輪を広げてくれて、という感じです。ただ、集まったのが全員1年生だったので、何をするにもどうしたらいいのかという状況。まず苦労したのが練習場所でした。講堂前など屋外での練習が多く、体調管理も大変でした。また、活動資金もみんなで持ち寄っていましたので、アルバイトなどで全員が揃わないことも少なくなかったですし、メンバー間の意見の対立などもありました。高校時代に演劇部だった人だけでなく、バレエに打ち込んでいた人、歌のレッスンを受けていた人などバックグラウンドもさまざま。私もお芝居は“学芸会程度”の未経験者でした。

団長を務める西郷真悠子さん
副団長の野村綾子さん

フルリールが演じたのは『夢から醒めた夢』。赤川次郎原作の子供向け絵本をベースに、劇団四季によってミュージカル化された作品。

西郷 

幽霊の世界に憧れる少女ピコが、霊界の人たちと出会い、さまざまな困難や心の葛藤を通して、いのちの大切さや友情、愛情とは何かを伝える作品です。被災した方々にも楽しんでいただけるような作品にしたいと思っていました。ただ、私自身、ミュージカルを演じるのは初めてのことで、試行錯誤の連続でした。8月31日の公演は決まっていたので、入学してすぐに準備に取りかかり、ほんとうにあっという間でした。

野村 

私はメソという自殺してしまった男の子を演じました。社会問題を反映するような役で、いじめを苦に生命を絶った子供の心情を自分なりに解釈し役と向き合うことを心がけました。

西郷 

私は主人公のピコ役でした。他人のことを思いやれる9歳の女の子の気持ちや話し方はどうだろうという点に留意しつつ、観ている方がピコに感情移入できるように演じました。こうした役作りのために私たちがしたのは“ゼロ幕”というものでした。これは、台本には描かれていない“人物の背景”をみんなで話し合うもの。これにより個々のキャストのキャラクターが共有できるようになりました。

慌ただしい準備、そして現地への移動を経て、フルリールは初演の本番を迎えます。

西郷 

劇場入りしたときには、やってやろうという気持ちでした。半面、上演当日は近くでお祭りが開かれていて、お客さんはこっちに来てくれないのではないかという不安もありました。

野村 

わたしは楽しみや心の高ぶりのほうが強かったです。地元で新しい仲間とミュージカルが演じられる喜びがありました。会場となった南相馬市原町生涯学習センターに両親も駆けつけてくれました。

西郷 

野村さんのご両親には本当にお世話になりました。チラシ配りや当日のお弁当の手配に、サプライズで花束まで用意してくださって……。カーテンコールでは手拍子とともに全体の一体感も感じられました。涙を流してくださったり、「またやってください」と声をかけてくださったり、お守りとしてキーホルダーをくださった方もいました。

野村 

いつか生まれ育った南相馬でミュージカルを、と思っていたことが大学に入学してすぐに実現できうれしかったですね。見送りの場に居合わせられず、直接声を聴けなかったのが残念です。夏休みはほぼ毎日朝から舞台に向けて活動していたので、今、練習していないことが不思議な感じで、軽い“ロス状態”(虚無感)かもしれません(笑)。

西郷 

「学生だけでやるのは大変」とか「そんな甘い世界じゃない」という厳しい意見もいただきましたが、自分たちだけでやった意味や価値はありました。今後、舞台での上演の予定は全くの白紙ですが、介護施設や幼稚園、保育園などで活動していきたいと思っています。2年次は学業の時間が増えるようなので、どこまでできるか見当がつかない……これも先輩がいない弊害でしょうか(笑)。

そんな二人の夢、今後についても聞いてみました。

野村 

今回、舞台に立って “たくさんの仲間と歌って踊ることは当たり前にできることではない”と改めて感じました。震災という困難があったからこそ、人一倍その喜びや幸せを感じられるのかもしれません。そもそも私が芸術学部パフォーミング・アーツ学科を選んだのは、将来ミュージカルに携わりたいという思いからでした。その夢は『ライオンキング』を観た小学生のころから思い描いてきたもの。大学でたくさんのことを学び、プロとして舞台に立ちたいと思っています。

西郷 

被災地には、いまだに仮設住宅での暮らしを余儀なくされている方、大変な思いをされている方も大勢います。今回の舞台に際しては、そうした方にミュージカルを楽しんでもらえたらという思いが原点でした。実際、客席と心が一つになった実感がありますし、これからもより多くの方に、歌やダンス、お芝居の楽しさを届けていきたいと考えています。私も、ミュージカルへの憧れは『レ・ミゼラブル』の観劇がきっかけでした。将来は、プロとしてミュージカルに携わりたいですし、いろいろな人にもっと気軽に見に来てもらえるような舞台を作っていきたいとも考えています。

一つの夢を叶えた彼女たち。でも、まだほんの序章に過ぎません。今後の活躍と、大きな夢の実現に期待せずにはいられません。