大学院生の研究成果 ピックアップ

本研究科(旧 脳情報専攻も含む)の大学院生が公表した学術論文をピックアップして紹介します。

海馬歯状回顆粒細胞における樹状突起分岐周辺の入力統合
上條 中庸 脳情報研究科【博士(工学)】2014年3月
Input integration around the dendritic branches in hippocampal dentate granule cells. Kamijo TC, Hayakawa HT, Fukushima Y, Kubota Y, Isomura Y, Tsukada M, Aihara T, Cogn Neurodyn. 2013.

脳の主要な情報処理素子である神経細胞は、樹状突起と呼ばれる枝分かれした部位で他の神経細胞からの入力信号を受け取っている。近年の様々な研究から、樹状突起は受け取った入力情報を細胞体に伝えるだけでなく、樹状突起の各部で何らかの演算を行っているのではないか、と考えられるようになってきた。どのような機能を担う脳領域でどのような種類の神経細胞が樹状突起でどのような演算をしているのだろうか?

この論文は、記憶の形成に関わる海馬において、情報の入り口に当たり、様々な感覚情報を統合する領域である歯状回において、その入力信号を受けている顆粒細胞の樹状突起で複数の入力信号がどのように統合されるのかを調べたものである。グルタミン酸を取り込んだ化合物に光刺激をすることによってグルタミン酸を放出(アンケージング)させる技術と、多点をピンポイントでほぼ同時に刺激することができるレーザー光を組み合わせることによって、樹状突起上で刺激する位置とタイミングを正確に制御することを可能にした。

先行研究では、顆粒細胞の樹状突起は各入力の総和を単純に細胞体に伝えているだけで、特に非線形な演算は観測されないという報告がされていた (Krueppel et al. 2011)。それに対し、この論文では、先行研究では特に注目していなかった樹状突起の分岐点周辺に注目し、分岐で合流する2つの入力が各単発入力の和以上の影響を及ぼす、という非線形効果を発見した(右図左下)。この効果は、分岐からの距離が10μm程度以内であるときに限られ、分岐で合流しないような細胞体に向かう道筋に沿った1と3の関係にある2点(右図上中)に対する刺激では、この非線形効果は見られなかった(右図右下)。

このような非線形効果の要因として、電位とグルタミン酸の両方に依存するイオンチャネルであるNMDAチャネルが考えられる。 しかし、NMDAチャネルのをブロックするAP5を投与しても、この非線形効果は消えなかった(右図左下)。 一方、主にTタイプを含む電位依存性のカルシウムチャネルをブロックするNiを投与すると、この非線形効果は消滅した(右図左下)。 したがって、この分岐点近傍での非線形効果はNMDAチャネルではなく、電位依存性のカルシウムチャネルに依存することがわかる。

非線形効果は複数の信号を統合し、増幅して伝えるだけでなく、記憶の形成の元と考えられている入力信号の伝達効率の変化にも影響を与えることがわかっており、この成果は、樹状突起の分岐点という特殊な点で特別な入力を統合し、記憶として埋め込む学習原理の可能性を示唆している。