酒井裕 研究室

酒井 裕   脳科学研究所 教授

神経計算論/計算論的行動科学  博士(理学)

数理で脳の働きを解き明かし、学習原理を導く

2014.6掲載

研究内容

「素晴らしい学習機械である動物の脳から学び、コンピュータに応用できる学習原理を知りたい。」

そんな想いで動物の脳と行動を研究対象にしています。数学を道具として使いながら、動物の学習行動とそれを担っている神経メカニズムを、物理学や情報論的な視点から明らかにすることを目指しています。

近年デジタルカメラの解像度は上がり、動画に至ってはすぐに数GBのファイルサイズになってしまいます。いくら記録メディアの容量が増えてきたからといって、無意味に解像度が上がったわけではありません。我々の脳が、網膜からカメラの解像度以上の情報を受け取っているからこそ、低解像度では満足できないのです。我々は膨大な情報を感覚器から刻々と受け取っています。そして、今、受け取っている感覚情報と全く同じ感覚情報を受け取った経験は生まれてこのかた一度もないでしょう。にもかかわらず、我々は経験から学習することができ、初めて経験しているはずの現在の状況に応じて適切な行動をとることができます。膨大な感覚情報の中から適切な行動を取るために注目すべき要素を抜き出し、そして過去のどの経験と近い状況なのかを瞬時に反映して、とるべき行動を選んでいるに違いありません。何気ない日常の行動であっても、我々の脳はすごいことを行っているのです。

ここで糸口にしているのは、動物の脳の素晴らしいところそのものではなく、むしろ脳がしばしば見せる奇妙な挙動です。例えば、錯視を思い浮かべるといいでしょう。まっすぐな線だとわかっていても曲がって見えたりします。また、長い目でみれば損するとわかっていても目先の利益に囚われた行動を取ってしまう、というのも挙げられます。他にも自然ではあり得ないような人工的な環境を設定した実験では、行動選択や運動の学習効果に奇妙な現象が数多く観測されています。このように一見、不具合を起こしているようにみえる脳の挙動は、本来の素晴らしい機能を実現するメカニズムの裏返しとして顕われているのではないかと考えています。 強化学習理論など機械学習の理論的枠組みをもとにしながら、動物の脳の奇妙な挙動を説明する学習原理は何かを探っています。そしてそれを実現するような神経系の学習則の可能性を絞り込んでいます。さらに既存の枠組みの中に縛られることなく、動物の学習行動を理解するために足りない要素を明らかにして、理論的基盤から構築し直すことも行っています。

また、行動だけでなく脳そのものからも学ぶために、礒村研究室との共同研究を通じて、ラットの行動と神経活動に触れながら、何か糸口が得られないか日々探っています。礒村研究室との共同研究では主に神経活動や行動の統計分析や記録法、刺激法などの数理的なサポートを行っています。また行動学習の理論的な視点を導入して、動物のトレーニング法の技術開発を行っています。

研究体制


理論研究はチームを組んで行うことがあまり相応しくありません。一人で全てをこなすことが可能ですし、また全てを把握している必要もあります。したがって人数が必要な体制ではありません。これまで大学院生やポスドクすべて含めても数名程度の小さな研究室でやってきました。ときどき1対1でディスカッションし、あとは一人で集中する、という研究スタイルとなります。しかし日々の楽しい行事の企画などは、礒村研究室と共同で行っています。日頃から交流を深めながら、何気ない会話から生まれるイノベーションを大切にしています。

また、礒村研究室に加え、相原威研究室、鮫島和行研究室、佐々木哲彦研究室と合同で月に数回、最新論文を巡って徹底的に議論し、論文から本質を読み取る感性を磨くゼミを行っています。ストーリーに惑わされず明らかにされた事実だけを抽出し、表面的には明確にしていない実験上や解析上の事情を推察します。様々な専門分野の方々と共同で行うことにより、より多角的な視点から見る目を養っています。

育成のモットーは「上にモノが言える人材を」。けんか腰になるのではく、相手の主張を理解し尊重しながら、自分が正しいと考えていることを論理的に伝えられる、そういう人材になって欲しいと思っています。ここに来たら「教授がカラスをシロといえばシロ」ということはありません。まずは研究室でモノが言える雰囲気を目指しています。

略歴

1995年京都大学理学部卒業、2000年京都大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。同年埼玉大学工学部・助手。2004年玉川大学工学部・助教授。2007年玉川大学脳科学研究所・准教授を経て2013年より玉川大学脳科学研究所・教授。専門は神経計算論。所属学会は日本神経回路学会、日本神経科学学会、日本物理学会など。