佐々木哲彦 研究室

佐々木 哲彦 学術研究所 教授

分子生物学/神経生物学/応用昆虫学  博士(理学)

ミツバチのマイクロブレインの仕組みを遺伝子レベルで探る

2013.9掲載

研究内容

佐々木研究室では、高度な社会性を進化させたミツバチを材料に、昆虫の脳の研究を遺伝子レベルで進めています。

ミツバチは他の昆虫にはないたくさんの特徴をもった昆虫です。1つは社会性昆虫であるという特徴で、一匹の女王バチを中心に多数の働きバチが集団生活を 営んでいます。働きバチは卵を産むことはありませんが、遺伝的にはメスの個体です。女王蜂になるか働きバチになるかは、幼虫期に与えられる餌によって決め られます。社会性を進化させたことに関連して、ミツバチは昆虫としては非常によく発達した脳をもっています。

例えば、ミツバチの巣箱の中は、常に35度ぐらいに温度管理されています。暑くなると翅を使って送風したり、さらに水を集めてきてそれを蒸発させて巣内の温度を下げたりし、逆に寒くなると、本来飛ぶための筋肉を使って熱を発生させます。環境温度を積極的に管理する動物は、ヒトとミツバチだけかもしれません。また、花蜜や花粉を集める採餌活動では、8の字ダンスという特別な言葉を使って、巣の仲間同士でどこに好ましいエサ場があるかという情報を交換します。8の字ダンスは、巣からエサ場までの距離と方向を、ダンスを踊る時間と角度で表したもので、典型的な抽象言語です。このような抽象言語を使えるのは、哺乳類でもヒトを含む一部の動物に限られます。

ミツバチの脳は、直径が1mmほど、体積は1マイクロ立方メートル程度のマイクロ・ブレインです。私たちは、このようなコンパクトな脳が、哺乳類にも匹敵するような優れた機能を発揮する仕組みを遺伝子レベルで明らかにすることを目指しています。

昆虫の脳の仕組みを調べることに何の意義があるのか、と思われるかもしれません。しかし、分子レベル、遺伝子レベルでみると、昆虫の脳とヒトの脳は驚くほど似ているところがあります。例えば、ミツバチの脳内でのドーパミン神経の活性を逆転写定量PCR法という方法で調べてみたところ、行動活性の高い個体ではドーパミン神経の活性が高く、行動活性の低い個体では、その活性が低いことが明らかになりました。ドーパミンが行動活性を調節することは、ヒトでも昆虫でも共通しているようです。

近年、ミツバチのDNAは昆虫としては例外的にメチル化修飾を受けることが明らかになりました。哺乳類では、DNAのメチル化は発生、老化、疾患、学習など多くの重要な現象に深くかかわっていることが知られています。一方、無脊椎動物でのDNAのメチル化の生物学的な意義はほとんど分かっていません。私たちはミツバチをDNAメチル化の新しいモデル生物としてとらえ、次世代シークエンス技術を利用しながら研究を進めています。

研究体制

私の研究室の表札は、「佐々木研究室」ではなく「動物遺伝子解析室」となっています。この研究室は玉川大学の遺伝子実験施設的な位置づけにあり、DNA塩基配列解析装置、定量PCR装置、共焦点レーザ-顕微鏡など、分子生物学に必要な機器類が完備されています。

指導カリキュラムでは、新しい研究分野を開拓できる人材育成を目指し、そのためには「基本」が大切だと考えています。私は頭を動かすより、どちらかと言えば、体を動かすほうが好きな人間です(勉強が嫌いという意味ではありません。勉強したり思考したりすることも好きですが、それ以上にスポーツが好きという意味です)。どんなスポーツでも、基本のフォームが悪いと、いくら練習してもなかなか上達しません。研究活動も同じだと思います。基本がしっかりしていないと、努力が成果に結びつきません。研究活動で重要な基本は、まずは自分自身が研究テーマに対して強い好奇心をもち、その好奇心を満たすために労力を惜しまないことです。しかし、自分が納得しただけでは不十分で、その研究内容を他人にも納得してもらわなければなりません。手元にあるデータを客観的に見て、それらを説得力のあるロジックでつなぎ、信頼できるストーリーを構築することが研究活動です。そのような創造的論理力を磨くディスカッションを大切にしています。

略歴

1988年東京大学理学部卒業,1991年東京大学大学院理学系研究科博士課程中退、同年東京大学理学部助手。1995年東京大学博士(理学)。米国Yale大学医学部で約1年半の在外活動なども経験し、2004年から玉川大学・学術研究所・助教授、2009年より現職。