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故きを温ねて 44

綴方の本質は文字を通しての自己表現

小学部での国語学習の風景。1960(昭和35)年夏
原稿をまとめて製本し、表紙をつけた世界で1冊の本。小学部、1964(昭和39)年

国語の学習の役割について小原國芳は「第一に、国民としての人格をつくりあげること」「思想を正しく、力強く、気持ちよく人に伝えることは、人間生活において大切な生活技術」(金平正『国語教育』)等と明言している。

文章表現能力育成の指導を、戦前は綴方教育と呼んだ。小原は綴方について、届書が書けるだけとか、課題を設けて系統的に指導するだけの様子を見て満足できなかった。綴方の本質は「一個の藝術です、生活です、生命です。文字を通しての自己表現なのです、思想、感情、精神生活全體の表現であります。自らの眼で見、自らの心に感じ、思ひ、摑んだ全體の明瞭な正確な統一ある表現でなければなりませぬ。そこに、子供各自の個別的色彩があり、深刻さがあります。つまり、各自の精神生活創造の記錄でありたい」(『母のための敎育學』)と述べている。

筆者は小学部(当時)在職時、自由ノートという宿題を出していた。ノートの内容は自由として日記、詩や俳句、自由画、計算練習等を行ったノートが日々提出された。子どもたちの多くは日記を書いてきた。教科指導から離れた自由ノートに見られた「文字を通しての自己表現」は、今思えば「精神生活創造の記錄」そのものであった。

鉛筆がキーボードに代わっても、表現するという行為はこれからも「大切な生活技術」であり続ける。その力を伸ばすために各部教員は試行錯誤を重ねている。

(文=白柳弘幸 教育博物館)
『全人』2017年4月号(No.815)より

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