『全人』生涯学べ(2019年4月号)

和田幸江さん

神奈川県大磯町立
大磯小学校教諭

英国の大学院への留学を経て、結婚・出産。育児と並行して自宅などで英語教室を運営。2011年から通大で学び、14年に小学校教員免許状1種取得。18年から現職

多様な学び方を選べる理想の教室をめざして

 教育の場に入って最初の4年間、私は特別支援教育に関わっていました。非常勤で平塚市内の小学校に勤務し、支援教室(校内通級指導教室)担当として校長、特別支援教育コーディネーターの教員、担任、保護者と連携しながら学習に困難のある児童と関わる毎日でした。
 LD(Learning Disabilities:学習障害)のひとつ、ディスグラフィア(書字障害)の4年生男子がいました。字を書くのが苦手で1年生の漢字もおぼつかず、劣等感を抱いているようでした。でも知的に劣っているわけではありません。ただその子は聴覚優位、つまり耳で聴いて認知する力が優れていたのです。そこで10回書く代わりに10回唱えて1回だけ書く方法を提案したところ、本人も納得して学習できて捗りました。
 逆に視覚優位で聴覚認知に難がある児童は、「いち」と「しち」の区別がつかなかったりして、九九の暗記が苦手でした。この子には「さんくにじゅうなな」のように文字に直した表をつくって渡すなど試行錯誤を重ねました。
 何かを認知する際、聴覚優位の人もいれば、見て理解するほうがたやすい視覚優位の人もいます。「漢字は何度も書いて覚える」などと、ひとつの学び方しか提供されなかった場合、こうした「認知特性」は学習に困難をもたらします。でも唱えて漢字を学ぶ方法のように、特性に合わせた学習方法は必ずあるのです。

一斉授業でも個性に応じた学習を支援したい

 私は支援にあたって、まず認知特性を見きわめるようにしました。特別支援教育の専門家が作成したアセスメント(評価)のための検査シートに取り組んでもらい、1回の検査で曖昧なときは、他のアセスメント手法を複数試すのです。
 こうした支援では、保護者との信頼関係構築が重要です。私は保護者と学習状況について話すとき、書字障害の傾向がある児童の保護者であれば、「漢字の書き取りが苦手ですね」とは決して言いません。「たぶん耳で聴いて理解するのが得意なタイプなので、自宅学習でも暗唱を取り入れてみてはどうでしょうか」と、必ず手立てを添えて相談するのです。
 35人いれば35通りの個性や育ち方があります。児童本人の個性や親子の歴史を尊重することで、個性に合った学び方を選んでもらえるようになるはずです。
 2018年度から現在の学校で勤務し、1年生を担任しています。一斉授業が基本なので、1人をゆっくり見ることはなかなかむずかしいです。でも各人に合った方法で学んでほしい気持ちに変わりはありません。例えば文字を見て音に変える「デコーディング」に時間を要する児童は、音読がスムーズにできません。それでも指で字をなぞりながら読むと読みやすくなる。だから背筋を伸ばして教科書を立てて行う「1の読み方」と、指でなぞって読む「2の読み方」を自由に選べるようにしています。安全と健康を害したり、周囲に迷惑をかけたりするのでなければ、学び方の選択肢は自宅学習を含めてできるだけ多くあるべきだと考えています。
 近年は特別な支援を必要とする子どもと定型の発達をする子どもをともに育てる「インクルーシブ教育」の重要性が認識されつつあります。通常学級で学び方の多様性を実現していくことは、特別支援教育から多くを学んだ私にとって大きな課題であり夢なのです。

2001

英国エセックス大学に留学して博士課程で社会学を専攻。地元のロータリークラブで日本での暮らしを紹介した

2011

自宅だけでなく地域の施設でも英語教室を開いた。このときの経験から小学校教員になる夢を抱いた

2016

鉛筆での漢字書き取りが苦手な児童にはタブレットやホワイトボード、モール糸など、他の方法を提供した

My Precious Day

2018年8月、通大の夏期スクーリングでは学生会主催の「ブース別勉強会」に講師として登壇。「特別支援教育ワークショップ」と題して、自ら得た経験やノウハウを現役学生に伝えた