『全人』生涯学べ(2021年2月号)

西田昌之さん

国際基督教大学
アジア文化研究所

2001年国際基督教大学卒業。Ph.D.(オーストラリア国立大学)。文化人類学者。2019年教育学部通信教育課程(通大)入学。20年学芸員資格取得

文化人類学の成果を博物館から発信するために

 タイを中心に、東南アジアをフィールドとして文化人類学の研究をしています。タイには学生時代に出かけて、明るく楽しい雰囲気に惹かれました。論文で手掛けてきたテーマは「北部タイの死後の世界と精霊」「タイの伝統漆器と日本人技術指導者」などさまざまで、研究の過程ではインタビューをしばしば用いています。その際に出合う「モノ」を研究に取り込むために、資料の収集や調査に関わる学芸員資格を持つべきだと考えて取得をめざしました。
 たとえば器に塗った漆は、乾燥させるのかと思いきや湿気を与えることで乾燥させます。インタビュー中に漆器のつくり方を説明されたとき、こうしたモノとしての性質に通じていなければ、相手の話を正確に理解できません。
 通大在学中は、八幡神のような日本における在来の神様のことを勉強する機会があったりと、興味のある異分野を学べたのも非常に有意義でした。
 そもそも博物館と私の関係は、自分が関わった企画展に始まります。学部を卒業後、2004年のスマトラ沖地震で被害を受けたインドネシア・ニアス島へ赴きました。関わっていたNPO法人の活動の一環でした。
 島では世界的に有名な高床式の伝統家屋が地震の被害を受けずに残る一方で、近代的な建物は壊れていたのが強く印象に残りました。そこで島の伝統や文化に加え、近代化がかえって自然災害を大きくする問題点を伝えるべく企画展を開催しました。
 学芸員資格を持っていなかった私は、展示に関わる実務は知人に依頼し、渉外や会計などの事務を担当しました。現地の関係者や海外の研究者の協力を得て、ひとつの企画を軸に進める共同作業はじつに楽しく、刺激的でした。このとき感じた面白さもあり、東日本大震災を経た2013年には、災害後の社会の再構築をテーマに、アートと学術研究の両面から考える企画展を開催しました。

思想とモノの両輪で、人間の営みを明らかにしたい

 企画展は私自身の研究成果を一般の方々にアピールする機会になります。同時に「近代化の矛盾」など、ある種の問題提起までできます。私は長年、博物館とは中立的な立場で事実を淡々と紹介するところだと考えていたので、メッセージを打ち出す可能性や「メディアとしての博物館」という観点に新鮮さを感じました。研究での必要性に加え、博物館自体への興味や期待も資格取得のためのモチベーションになりました。
 タイの精霊や漆器といった多様なテーマには、人の縁でたどり着くことが少なくありません。ひとつの研究を続けているうちに、次のテーマにつながるような話題を周囲の誰かが教えてくれて、新しい世界に足を踏み入れることになるのです。
 そんな自分の出会いの感激を、「こんなにすごいことがあるんです、ぜひこの世界を見てみましょう!」と広く社会に訴えたいといつも思っています。かつての博物学者のような気持ちとでも言えるでしょうか。
 私は人間がつくった思想とモノを組み合わせて論文を書き続けたいと考えています。思想のありようは言葉で詳しく説明する必要がある一方で、モノは見れば何であるかがわかります。その明快さが魅力です。今後は、学芸員としての視点を活かしながら、研究の幅を広げ、博物館に関わりながら成果を発信していきたいですね。

2008

東京・三鷹市芸術文化センターで開催した「インドネシア・ニアス島展」。会期中、ギャラリートークで講師を務めた

2013

08年と同じ会場で企画展「津波の後、語り継ぐもの 日本3年タイ9年」を開催。研究を通した人脈が生きた

2017

タイ・チェンマイ大学日本研究センターに助教授として勤務。学生の日本研究を支援した。卒業式にて

My Precious Day

エジプト・カイロ大学文学部に勤務時、ギザのピラミッドを訪れた。在任中は、ルクソールなど上エジプトに足を伸ばして遺跡群を回り、保存や博物館のあり方を考える機会にもなった