科学するTAMAGAWA 玉川の丘によみがえる「デュオ・カサド」、特別展の魅力に迫る

2016.09.30

「デュオ・カサド」と称して、イタリア・フィレンツェを拠点に音楽活動を精力的に行ってきた、チェリストのガスパール・カサドと妻でピアニストの原智恵子。
玉川大学では、寄贈された音楽活動の資料、「カサド・原コレクション」の整理、調査がすすめられ、今年10月には目録の刊行、データベースを公開することになりました。折しも2016年は「ガスパール・カサド没後50年 原智恵子没後15年」の節目の年。目録の刊行とデータベースの公開を記念し、ガスパール・カサド、原智恵子両氏を顕彰する記念行事として、『特別展 デュオ・カサド』を10月17日(月)から翌1月22日(日)まで玉川大学教育博物館で開催します。

戦前から戦後を通して、国際的に活躍したチェリスト・カサドとピアニスト・智恵子の歩み

カサドのポートレイト(20代頃)
原智恵子のポートレイト(18歳頃)

最初に、ガスパール・カサドと原智恵子の略歴から紹介します。
20世紀を代表する世界的音楽家、チェリストのガスパール・カサドは、スペイン・バルセロナに生まれ、教会のオルガニストである父のもとで音楽を学び、7歳でチェロを習いはじめました。9歳の時に20世紀最大のチェリストとされるパブロ・カザルスに才能を認められたことをきっかけに、パリでカザルスの薫陶を受け、第一次世界大戦後から国際的な演奏活動をスタートさせました。さらに父から作曲法も学び、演奏活動、創作活動を精力的に行いました。
一方の原智恵子は、現在の神戸市須磨区に生まれ、7歳よりピアノをはじめ、スペイン出身のピアニスト、ペドロ・ビリャベルデに学びました。その才能を認められて、13歳の時に父の知己だった画壇の大家、有島生馬に連れられて渡仏。ピアノ科では日本人初となるパリ音楽院に入学し、2年後に一等賞首席で卒業し帰国しました。1937年には第3回ショパン国際ピアノコンクールに日本人として初出場し、特別賞および名誉賞を受賞しました。その後は第二次世界大戦の戦中戦後を通じて国内で演奏活動を行ってきました。

2人が出会ったのは1953年のパリ音楽院の卒業コンクール、はじめて共演したのは1958年に大阪で開かれた第1回大阪国際芸術祭(現・大阪国際フェスティバル)です。初来日したカサドと智恵子が初共演し、これをきっかけに翌年、結婚。フィレンツェを拠点に、「デュオ・カサド」として1966年にカサドが亡くなるまで世界各地で演奏活動を行ってきました。智恵子はカサド亡き後、1969年にフィレンツェ市の協賛を得て、「第1回カサド国際チェロ・コンクール」を主催しています(1990年第10回まで)。そして1987年に日本政府より勲三等宝冠章を授かり、その後心身の不調により帰国。2001年、86歳で逝去しました。

1958年カサド初来日時に智恵子と初共演した際のリーフレット

玉川大学が所蔵する、学術的資料として価値の高い
「カサド・原コレクション」

カサドと智恵子の音楽活動に伴う膨大な資料が玉川学園に寄贈されたきっかけについて、「智恵子のお孫さんが玉川学園に在籍していたことから、ご縁がありました」と話すのは、玉川大学教育博物館の柿﨑博孝教授です。1990年に玉川学園に寄贈され、「カサド・原コレクション」として玉川大学教育博物館で整理・保存されることとなりました。

「一般的に博物館の資料は、整理して調査し、登録して、ようやく展示などで活用できますが、そこに至るまで相当長い期間がかかります。寄贈された90年から博物館の担当者数名で整理し、97年には玉川大学にて『カサド生誕百年記念祭 コンサート』の開催や、カサド作曲の未発表曲の出版などを手がけてきましたが、これ以降は資料の整理作業が中断されていました。また、カサドと智恵子は国際的に活躍した音楽家でありながら、日本国内での認知度は高いとはいえず、彼らに関する研究や論文は多くはないといわれています。それは玉川学園に寄贈された資料だけでなく、ほとんどの資料が公開されていないことに起因します。そこで玉川学園に寄贈された『カサド・原コレクション』の一般公開をめざして『ガスパール・カサド及び原智恵子関係資料整理・調査プロジェクト』を発足させたのです」

2012年に発足したこのプロジェクトについて、調査研究を担当する教育博物館の栗林あかね講師に話を聞きました。

「目録刊行とデータベース公開を、カサド没後50年、原智恵子没後15年の節目の年である2016年と決めスタートしました。音楽資料は一般的な博物館の資料と性質が異なるため、整理・調査・保存について学内外の音楽学や音楽書誌学などの研究者や有識者に参加していただいた委員会をつくり、作業の必要に応じて専門家から提案をいただいています。『カサド・原コレクション』は、楽譜、図書、雑誌、演奏会プログラム、レコードなど多岐にわたりますが、カサドは音楽資料などのコレクターでもありました。なかでもメンデルスゾーンの自筆譜は、ファクシミリ(作曲家の自筆譜や初期の版を複写印刷した楽譜)で出版されていますが、実物を公開するのは日本で初めてのことです。このほかコレクションには学術的資料として価値が高い18世紀に出版された楽譜や、日本ではあまり知られていない当時活躍していた作曲家の楽譜も含まれており、今回のカサド・原記念行事は、カサド夫妻はもちろん、同時代の音楽活動を知るきわめて重要なきっかけとなる大変意義のあることと考えています」

2人の人柄、功績が浮き彫りになる展示、ミニコンサート、ギャラリートーク

『特別展 デュオ・カサド』の展示内容は、次の通りです。

  1. ガスパール・カサドの足跡
    スペイン時代/イタリア移住から第二次世界大戦後の活動
  2. 原智恵子の足跡
    神戸時代/パリ時代/戦後の活動
  3. デュオ・カサド
    出会いから「デュオ・カサド」の誕生まで/「デュオ・カサド」としての活動/カサドのチェロと智恵子のピアノ
  4. カサドと智恵子をめぐる人々
    音楽関係/交友関係/カサド・コンクール
  5. 資料の修復
    傷んだ音楽資料の修復方法とその工程

その見どころなどについて、柿﨑教授は次のように話しています。
「カサドと智恵子が『デュオ・カサド』として演奏活動を行った1962年から66年を中心に、音楽家としてのそれぞれの足跡と、2人をめぐる人びとを交えて構成しています。音楽家としての功績を展示で見せるのはたいへん難しいのですが、音楽愛好家でなくても2人に興味を持った方々にも展示を楽しめるよう工夫をしました。どのような活動をしたのか、貴重な音楽資料のなかから演奏会のプログラムやその音源、映像、レコードやCDなども織り交ぜてご紹介します。たとえば映像コーナーを設けて、『デュオ・カサド』がヨーロッパの宮殿であろう場所で演奏している5分くらいの記録映像を流します。2人で演奏している映像がほとんど残っていない中での貴重な映像で、音質はあまりよくありませんが、2人の醸す美しい音楽やその雰囲気が伝わると思います。さらには、視聴コーナーも設置し、この記念行事に合わせて発売される復刻版CDを聴いていただくなど、演奏を体感しながら2人の歩みを知っていただこうと考えています。また、展示物の目玉に、智恵子が1937年に第3回ショパン国際ピアノコンクールに出場し、特別賞および名誉賞を受賞した賞状があります。受賞したことは知られていますが、賞状の実物は初公開です。カサドについては、メンデルスゾーンの自筆譜の実物も初公開ですから、非常に興味深いものがあります」

第3回ショパン国際ピアノコンクール褒賞状

メンデルスゾーン自筆譜

原智恵子のピアノとカサドのチェロ

展示会では、カサドと智恵子が過ごしたフィレンツェの部屋を再現し、期間限定で玉川大学所蔵の智恵子のピアノと、現在京都市交響楽団が所蔵するカサドのチェロをお借りして、一緒に展示します。これについて、栗林講師は次のように話しています。
「ピアノは智恵子が結婚してフィレンツェへ行った時に新品で購入したもので、普段の練習のほか、自宅をサロンとしてコンサートを開いた時に使用していました。今回の記念演奏会を開催するために修理へ出したところ、調律師の方が部品の摩耗が激しいことから『このピアノは、猛烈に練習した人のピアノだ』と評していました。智恵子はカサドと結婚するまでは、ショパンやシューマンを得意とするロマンティックなピアニストでしたが、スペイン人チェリストとして大活躍していたカサドの影響を受け、スペインの曲をはじめ、舞曲や現代曲なども弾きこなすことにより、音楽の幅が広がったとされています。結婚後の智恵子は、心を動かすやさしさを併せもつピアニストと評されるようになりました。カサドは出会った時から、ピアニストとしての可能性を見抜いていたのだと思います。このように、1台のピアノからも、2人の人柄や功績が垣間見られます。ご来場いただいた方々には、じっくりと見て、聴いて体感していただければと思います」

「ミニコンサート」は、11月13日(日)と2017年1月15日(日)に教育博物館に隣接している玉川学園中学年校舎講堂を会場に開催。両日とも15:00~15:45、無料で予約不要。チェロは、元東京交響楽団首席チェロ奏者で元玉川大学芸術学部非常勤講師のベアンテ・ボーマン氏、ピアノは栗林講師の予定です。
また、会期中に「ギャラリートーク」も開催します。10月27日(木)、11月3日(木・祝)、11月8日(火)、12月9日(金)、2017年1月17日(火)の各回13:30~14:30、教育博物館の展示室で栗林講師が見どころを解説します。

デュオ・カサドのポスター前で(1963年)

「今年2月、フィレンツェを訪問して智恵子の友人にお会いし、智恵子にまつわる貴重なお話をうかがうことができました。残念ながら、智恵子の日本でのイメージはあまりよくないのですが、その実像はとても魅力的な女性です。フィレンツェでは日本の若い留学生を自宅に招いてカレーライスや蕎麦でもてなしたり、自分のピアノで練習させたり、とても面倒見のよい方だったそうです。愛するカサドが病に倒れた時は、カサドのそばを片時も離れず看病しました。一方で、どんなに辛く苦しい時も他人の悪口や愚痴を一切言わず、近所へ買い物に出かける時も化粧をし、服装を整えてヒールをカッカッと鳴らして歩いていたとか。温かみがあり、そして凛とした1人の女性像と、最期まで寄り添ったご夫婦だったことをギャラリートークでお伝えします。また、展示をご覧になった方、この特別展の告知を知った方で、カサドと智恵子との思い出を持っている方がいらっしゃいましたら、ぜひご一報いただけたらうれしいです。次回の特別展の開催や、博物館の常設展の実現につなげたいと考えています」(栗林講師)

『特別展 デュオ・カサド』の開催を間近に控え、柿﨑教授は「一世を風靡したデュオ・カサドを玉川の丘によみがえらせます。多くの方に見て、聴いて、体感していただきたいと思います」と語り、栗林講師は「『カサド・原コレクション』目録刊行とデータベース公開が、若い世代の方たちにもカサド・原夫妻を知るきっかけとなること、またそれが今後の近代洋楽史研究の発展につながれば大変うれしいですね」と話しています。

世界初演、日本初演のカサド作品にひたる記念シンポジウムと記念演奏会

記念シンポジウム『玉川大学教育博物館所蔵 ガスパール・カサド 原智恵子関係資料の意義 カサド作品の世界初演付き』は、10月22日(土)に14:00から、新しく生まれ変わった玉川大学のUniversity Concert Hall 2016にて開催されます(入場無料)。「カサド・原コレクション」の調査・整理について報告を行った後、ラウンドテーブルにおいて同資料の意義について様々な視点から論じます。引き続き、カサドの編曲作品についての実演付解説とカサドの手稿譜によるチェロ四重奏曲の演奏(世界初演を含む)を行い、カサドの作曲家としての新たな側面に光をあてます。
また、記念演奏会も同じく玉川大学University Concert Hall 2016 大ホールで10月23日(日)14:00より開催。生前のカサドと智恵子を知る音楽家による、両氏にちなんだ曲を演奏します。また、カサド・原夫妻が愛奏したチェロとピアノによる「デュオ・カサド」の復活となる、没後初の夫婦楽器共演を実現します。演奏会の後半には、カサドが手がけたチェロ協奏曲の演奏(日本初演)を行います。チケットは全席自由5000円、9月23日(金)からチケットぴあで発売開始となります。「特別展」「記念シンポジウム」「記念演奏会」へ、多くの方のご来場をお待ちしています。

関連リンク