桜咲き誇る2017年4月7日、玉川大学卒業生で芥川賞作家の村田沙耶香さんによる玉川大学学友会寄附講座が開催されました

2017.05.22

小説『コンビニ人間』で第155回芥川賞を受賞した村田沙耶香さんは、玉川大学文学部芸術学科芸術文化コースの卒業生(2002年)です。2017年4月7日、玉川大学学友会の寄附講座に村田さんをお招きし、今年4月新設の文学部国語教育学科1年生と教育学部教育学科・乳幼児発達学科の1年生を対象にした講演会に登壇していただきました。同時に、今春改装が終了した小原記念館を来賓第一号として見学されました。

学友・村田沙耶香さんによる「学友会寄附講座」の講演会開催

第155回芥川賞受賞作『コンビニ人間』の著者・村田沙耶香さんは、2002年に玉川大学文学部芸術学科芸術文化コースを卒業された学友です。玉川大学・玉川学園の卒業生によって構成される学友会による大学1年生対象の「学友会寄附講座」に村田さんをお迎えし、新入生に対する講演会を開催することとなりました。

講演会に先立って、今春改装になった小原記念館へ来賓第一号としてご案内。創設者小原國芳先生の居宅の「お客の間(応接室)」にて、玉川大学学友会 佐藤敏明 会長、そして菊池重雄 理事、茅島路子 文学部長、近藤洋子 教育学部長を交え歓談しました。

『思春期を乗り越えて、夢を目指すこと』

講演会会場の「University Concert Hall 2016」の大ホール「MARBLE」には、4月2日に入学式を終えたばかりの文学部国語教育学科の1年生と教育学部の1年生、総勢450名あまりが参集。『思春期を乗り越えて、夢を目指すこと』と題する講演会は、学生に対して「ご入学おめでとうございます」と始め、ほとんどの学生が教員を目指していることから、「私が過ごした思春期で学校はどういう場所だったかを中心に話したい」と続けました。

幼少期は泣き虫で臆病な内気な女の子だった村田さん。当時のテレビ番組や大人の会話から「女の子は可愛らしく振舞い、年頃になったら素敵な男性に見染められればよい」という空気を感じ取っていました。村田さんにとって「見染められるという言葉」は「女」であることを意識せざるを得ない、自身を苦しめる言葉でした。自身を「女」と意識せずに甘えられたのが小学3、4年生時の担任は男性教員で、生徒をいつも笑わせるひょうきんでお兄さんのような存在。この男性教員との出会いが、村田さんを内気な女の子から男の子を泣かせたり、いたずらをする元気な女の子に変え、「子供心に環境によって性格も変わるのだと他人事のように思い、子供時代の忘れられない思い出」になりました。

当時は子供たちが漫画や小説を書いて小冊子に仕立て、友だち同士で回覧するのが流行っていたとか。村田さんも小説を書き始め、次第に「自分のためだけの小説を書きたくなって友だちには見せる用のサービス小説を書き、家でこっそり長い小説を書くようになった」と話し、「小さい頃から本を読むのが好きで、とくに少女小説が大好きで、少女小説家になりたいと思った」と今に続く作家への道の第一歩だったことを明かしました。

小説を書くことにのめり込んだ、苦しくて辛い中学時代

小学5年生になるとクラス内はいくつかのグループに分かれ、村田さんは自分のささやかな居場所を守るために嫌われないように顔色をうかがう、ごく平均的な女の子だったと話します。保身を考える自身の卑怯さを思春期の頃に自分が一番感じていたことを、鮮明に記憶。その反動からますます小説を書くことにのめり込みます。主人公は元気で正義感の強い女の子。
「いつか自分がそうなりたい」という思いを反映させていました。

中学生になると、クラス内のグループ分けが小学生の頃よりも激しくなります。ひどいいじめに遭った訳ではないけれど、「現実はさらに複雑で、さらに残酷」で「一番苦しくて辛い時期だった」と話します。グループのリーダー格から無視をされたり、「死ね」という言葉をたくさん言われたり。「思春期の子供であれば、一度は死にたいと思う時があります。私もやっぱり死にたいと思った。でも環境が言わせていることで、本当は『生きたい』。小説を書くことには尋常ではないほどのめり込むように。小説は逃げ込むための場所。書くことと読むことで救われていたが、逆にそれしか命綱がない状態」だったのです。

「私の言うことを静かに聞いてくれる人はいない、相談できる大人はいなかった」と言う村田さん。「大人は大人の歯車で動いていて、子供は子供の歯車の中にいて、それは別世界に生きていて、大人に言っても何もならないんだろうなと諦めていた」と達観。「私には死か小説しかありませんでした。でもそのことを不幸だとは思わず、より一層小説にのめり込む経験ができたし、大人は大人の歯車の中で動いているのはしょうがないことと当時から思っていたから。でも、誰か1人でも話を聞いてくれたらいいなと思っていましたが…。」と語りかけました。

書けなかった高校時代、再び書く意欲を見出した玉川大学時代

同じ中学の人が一人もいない高校へ進学。「とても楽しくて自分は思春期を抜け出したと思った」と自身を分析します。一方で、苦しくて辛い残酷な現実から逃避するために小説を書いていた村田さんは小説を書けなくなり、その代りに山田詠美さんや松浦理英子さんの小説を読み耽ります。まっすぐで純粋で美しい文章、新しい価値観に10代で出会えたことを感謝し、幸福に思っていると話しました。

大学進学に際して、一時は「自分のような小学生や中学生を救える大人になりたい」と心理学を学ぼうとするも、「ギリギリのところでもう一度小説を書きたいと思ったのです。強く、衝撃的、魅惑的な小説を。少しでも芸術を学べる大学に行きたいと考えて玉川大学文学部芸術学科へ進みました」と、本学進学へのきっかけを話しました。

入学後のある時、学外の演劇に関わる方の講演会を聴き、講演後の質疑応答で「希望する仕事に就くにはどうするか」という質問に対して、その演者からの「止めないこと。止めなければその業界で名を成さなかったとしても業界にとって不可欠な人になることはできる」という答えが、村田さんを小説を本格的に学ぶ、芥川賞作家・宮原昭夫氏主宰の横浜文学学校へ通うきっかけとなりました。当時、束縛される苦しい恋愛をしていた村田さんは、「その苦しみはなぜなのか、その苦しみの中にどの真実があるのか、なぜこんなに苦しいのかを知りたくて小説を書き始めた」のです。

宮原氏との出会いで小説に再び挑んだ村田さんは、『授乳』で文壇にデビュー。この作品をプロの方に読んでもらおうと力試しに文学賞に応募したところ、2003年の第46回群像新人文学賞優秀賞を受賞します。その後は書いても没になる日々でしたが、少しずつ依頼が増え、「人間の真実に辿り着くために」小説を書き続けます。

書くことで、辛く苦しい思春期を乗り越える

デビューから14年間、村田さんが信条にしていることがあります。デビューした頃に横浜文学学校の友人から勧められた、スティーブン・スピルバーグ監督がインタビューに答えているDVD。「演技とは何か」と聞かれた監督は、「人から笑われることを恐れないこと。いくら馬鹿にされてもめげずに続ける勇気をもつこと。演技とは勇気だ」と答えていました。「これを小説に当てはめ、いくら笑われても体や心の中に閉じ込めておかずに外に出すこと。いくら笑われて馬鹿にされてもめげずに続けようと、それだけを考えてずっと書いている」と話しました。

そして村田さんが現在まで書き続けることができるのも、作家仲間や優れた編集者との出会いがあったから。特にデビューした雑誌以外から初めて小説を依頼してくれた女性編集者が、小説を書くことについて、”心意気や自由に書いてよい”ということを教えてくれました。「人の顔色ばかりうかがって、自分の意見というよりも意見すらなかった私が小説だけはどんなことをしてもいいし、どんな風に思われてもいいと思えるようになったのも、いろいろな人が励ましの言葉をくださったから。勇気を出して笑われることを恐れず体の中にくすぶっているものを外に出しても、笑わずに受け止めてくださる読者の方がいらっしゃったから。こうして14年間書くことができたことに感謝。だんだん小説を書きながら幼少期の苦しみを乗り越えられるようになった。たぶん小説を書くことが自分の心にとってよかったのだ」と話しました。

中学時代の思春期の苦しさを書いたのが、2013年の第26回三島由紀夫賞を受賞した『しろいろの街の、その骨の体温の』。嫌われる子に対して主人公が「美しい」と言う場面は、村田さんが言葉を作ったのではなく、主人公の言葉でした。「自分が思春期の頃に発せなかった言葉を彼女が引き継いでくれた時に、本当に救われた。それが知りたくて、小説を書いてきたのだと。女性の苦しみを書いてきたが、この小説を書き終えた時に、やっと自分の思春期が終わった」と作品に込められた思いを語りました。恩師の宮原氏は常々、「小説家が書いているのは楽譜であって、読者が演奏して初めて小説が完成する」と言い、「『しろいろの…』は特にさまざまな読者によって演奏された」とします。

リアルな世界を舞台に、「正義とは」「普通とは」を問いかけた『コンビニ人間』

思春期の苦しみを出し切った村田さん。「間違っている価値観に対して闘うことを避けてきた自分が子供の頃に抱えていた卑怯さを問い正したい。正義とは何か。そもそも正義はあるのか。正義に対しての疑問をテーマにしてSFのような『殺人出産』『消滅世界』を書き上げ、自分自身ではたどり着けない言葉にたどり着いた時に、作家として最高の喜びを感じた」と、作家としての成長を話しました。

芥川賞受賞作の『コンビニ人間』も、すばらしい編集者との出会いがあったからこそ。『しろいろの…』のようなリアルな世界の作品を書きたいと悩んでいた村田さんが、その編集者にどちらで書いたらよいかを尋ねたところ、躊躇せず「リアルな作品を」と答えが返ってきました。「リアルな世界で正義とは、普通とは何かにアクセスしたいと思うようになった。私にとってヒーローのような、まっすぐで自分の価値観で話す、人の顔色をうかがわずに生きている人のことを書きたい。それが世界から浮いてしまっている。いびつさを表に出すことすらできない人間である自分のことを考えながら、あちこちに自分に向けたカメラを置いて書いたような作品」だったのです。

芥川賞を受賞したことについて、村田さんらしさのあふれる言葉でその喜びを表現しています。「作家にとって文学賞をいただくのは、小説を書く自分にとって憧れの先輩作家が自分の作品について真剣に向き合ってくださることで、新人作家にとっては励まされ、大変うれしいこと。『しろいろの…』『殺人出産』とも異なる、まったく書いたことのないタイプの作品を評価してくださり、どんどん新しいものを書いていいんだと励まされたように思う」と語りました。

小説のためだけの自分の歯車を手に入れ、それを信じて書き続ける

村田さんにとって、小説家としてデビューできたこと、芥川賞を受賞したことは、「夢」であると同時に「現実」だと言います。「書くということは唯一の信じられることだったから今まで書いてきた。ふわふわした夢のように言われるのは心外で、私にとって小説を書くことはあくまでも現実で、それを信じて書いている」とし、現在もコンビニエンスストアで週に3回働いていることを、不思議に思ったり、笑ったりする人もあるそうですが、「以前と変わらずにコンビニエンスストアで働き、書いていることが賞への恩返しだと思っている」と、小説への意気込みを語りました。

そして、幼少期から思春期にかけて「大人の歯車」と「子供の歯車」を考えて過ごしてきたけれど、「もう一つの小説のための歯車を手に入れることができた。自分だけの歯車に従って言葉を発しているし、それを信じて生きています。周りから見たらすごく変な生き方をしているように見えるかもしれないけど、自分が見つけ出した唯一無二の自分だけの歯車に従って生きていると自分では思っている。この場所で大人の歯車に従うのではなくて、できるだけ自分の歯車でしゃべろうと思って言葉を発してみました」と、講演会への思いを伝えています。

最後に、「これからもずっと同じように淡々と小説を書いて行くと思います。叶えたいこと、書きたいことはいっぱいあって、受賞から半年間はバタバタして書けなかったけれど、今ものすごく集中してたくさん小説を書いています。私にとって子供時代に帰ったような、無邪気に幸せなことです。小説を書くことが本当に好きだったのだと思えるようになりました。思春期が苦しかったから書いているのではなくて、本当に小説が好きだったから書いているのだなと今は思っています。これからもこれを信じて小説を書いていきたいと思っています」と結びました。

子供の気持ちを第一に、子供の話に静かに耳を傾ける教師であってほしい

講演に引き続き、学生との質疑応答に移りました。いくつかご紹介しましょう。

  • 男子学生: 「国語が苦手。分かりやすく書くにはどうすればよいか」 村田さん: 「文章の種類にもよるが、私はパソコンで打った文章を必ず印刷して、手書きで直している。パソコンの画面では目が滑ってしまうが、印刷したものを読むと欠点が見えてくる。どのような文章でも同じかもしれない」

  • 女子学生: 「教育学部。子供の歯車と大人の歯車のお話を興味深く聞いた。村田先生は年齢的に大人だが、大人の歯車になったと感じたことはあるか」 村田さん: 「小説家は特殊な職業なので、大人の歯車に巻き込まれずに済む。意識的に選んだのかもしれない。精神的にはよいけれど、社会人としてはダメ人間かもしれないし、小説家や編集者には多い(笑)。ただし、大人の歯車が悪いことではなく、美しかったりするだろうと子供の頃から今に至るまで思っている。自分にとって嫌だなとか、違和感を感じることはない。自分にとって苦しくない価値観なら大人の歯車でもよいと考えている」

  • 男子学生: 「語彙力が乏しく、『マジ』『やばい』で過ごしている。どうすれば語彙力が身に付くか」 村田さん: 「やはり本を読むことが新しい言葉を知るきっかけになる。とくに外国文学は翻訳家が圧倒的な語彙力で訳しているので、読むことによって自然と身に付くと思う」

  • 男子学生: 「小学校教員を目指しているが、どのような教師であってほしいか。そのために学生時代に学ぶことは何か」 村田さん: 「自分の子供の頃は苦しかったが、今は携帯電話のいじめ、SNSのいじめなど、私の子供時代にはなかった苦しさを背負い、一層残酷になっているように思う。子供が勇気を出して話そうとしている時に、静かに話を聞いてあげてほしい。大人の事情よりも、子供の気持ちを第一に考えてほしい。そのような先生が、孤独な子供時代を過ごしているであろう子供たちに必要だ」

活発な質疑応答が続きましたが、時間を迎え大きな拍手で講演会を締めくくりました。村田さんのお話は、教員を目指す学生にとって将来をさまざまに考えるきっかけになったことでしょう。
村田沙耶香さん、ありがとうございました。次回の来校をお待ちしています。