<今年度の行事を振り返って PART2>11月8日(土)コスモス祭―談話会「オヤジの全人教育 卒業生が語る小原國芳の魅力」に多くの卒業生が集まりました

2015.01.20

創立者・小原國芳との思い出から考察する「全人教育」

11月8日、コスモス祭の「文学部展」において、玉川大学大学院文学研究科人間学専攻全人教育研究会が主催する「談話会 オヤジの全人教育 卒業生が語る小原國芳の魅力」が開かれました。開催の挨拶で岡本裕一朗教授(玉川大学大学院文学研究科 教授・文学部 教授)は、「小原國芳先生から直接薫陶を受けた皆さま方に、当時の思い出を存分に語っていただき、全人教育とはいかなるものだったのか考えたいと思います」と語りました。続いて大学院において「玉川の教育」「全人教育論」の講義を持つ長谷川洋二教授(玉川大学大学院文学研究科 教授・文学部 教授)を司会進行役に、1964年度卒業の米山弘氏、1969年度卒業の石橋哲成氏を招いた談話会が始まりました。

米山氏は大学の入学式で、創立者 小原國芳が「やあ君たち、よう来た。玉川っ子として頑張ってよ」と一人ひとりと握手した時の、温かい手の大きさを今も忘れられないと思い出の第一に挙げました。学生時代は「へき地教育研究会」を立ち上げ、他の同好会と共に「発表会をしよう」と発案。教職員の賛同も受けて、米山氏は初代の実行委員長として3日間の文化祭を開催。これが現在のコスモス祭につながりました。卒業後は創立者の助手として、亡くなるまでの10年間を過ごし、「手伝いをしながらどこに國芳先生の偉大さがあるのかを考え続けた」と話します。「國芳先生はカミナリ親父。授業中に私語があるとチョークが飛んできましたが、それが見事に当たる。『君!立ちたまえ。話は見るものぞ』とひどく怒りますが、怒られた学生を自宅に呼び出し、『皆の前で厳しく叱ったことは申し訳なかった。許してくれるかい?』と話します。また自身は、『人を怒ると眠れないんだよ』ともらしていました。そんな話を聞かされた学生は、その後の授業はビシッと背筋を伸ばして聞くようになります。じつに創立者は人を変える天才、真の教育者だと痛感しました」。厳しくも心優しい人柄がうかがえるエピソードが、参加者の心にしみわたっていきました。

次に石橋氏の登場です。中学部から玉川で学び、創立者の随行秘書を務めた経験を有する石橋氏は、「人間の心の働きを示す『知』『情』『意』のどれをも伸ばし、統合させることが全人教育の基本です。私は、創立者自身が全人そのものだったと思っています。國芳先生は知恵も知識も豊富、意志も強く、『知』の人、『意』の人でしたが、それ以上に『情』の人でした」と強調しました。そして、その例の一つとして、1977年3月の大学卒業式での出来事を披露しました。「当時國芳先生は病気がちで入退院を繰り返されていましたので、卒業生たちは期待しながらも、國芳先生の出席を諦めていました。ところが、国歌が終わった時に國芳先生が舞台の袖から出て来られ、会場からは大きな拍手が沸き起こりました。後で聞いたことですが、2年後に玉川学園50周年を控えているため、大事をとって出席を取り止めるように医師から懇願されていたようですが、國芳先生は『僕だって2年後の50周年まで生きていたいよ!しかし、今日卒業する学生たちに、おめでとうも言えず、握手もしてやれずに、あと2年生きてどうするんだ!』と言われ、医師らを納得させたそうです」と。その年の12月に國芳先生は満90歳で亡くなるのですが、直前まで一人ひとりの児童、生徒、学生を大事にされた人であったことが、しみじみと感じられました。

米山、石橋両氏の思い出話に続いて、出席者の中からも次々とエピソードが披露されました。中学の1回生だったという横山氏は「1945年から55年まで玉川で学び、大学1,2年時は『オヤジ当番』でいろいろなお手伝いしました。戦後の経済状態が厳しい時は、学校にある物品をお金に換えて先生方に給料を払うことも。創立者と出版部の書籍を売りに行ったこともありました」と当時を懐かしみました。また通信教育部卒業の参加者は「通信教育部の学生も熱心に見てくれました。地方の支部会では年長のOB・OGが『声をかけてくれた』『こんなことをしてくれた』とそれぞれが持っている創立者とのふれあい話で熱くなりました。一人ひとりを大切にし、一人ひとりと語らってくれる人でした」。
なかには、こんな参加者もいました。「思い出話を聞いていたら、懺悔の気持ちが出てきました。『授業をさぼってごめんなさい』『就職試験をさぼり、心配をかけてごめんなさい』。人間年を取ると素直になるが、まさか懺悔をすることになるとは思いませんでした」。このエピソードに会場は笑いと温かな思いに包まれました。

1時間半の談話会はあっという間に過ぎていきました。最後に長谷川教授から、「創立以来全人教育を実践していますが、時代により学園全体の雰囲気も少しずつ変わってきています。皆さまのたくさんのお話から、玉川大学・玉川学園のアイデンティティを大切にしていくためのヒントをたくさんいただきました」と結びました。小原國芳が追求した全人教育は、85年にわたり脈々と受け継がれてきました。これから先、100年、200年とつながるよう、皆さまとともにその時々の全人教育とは何かを考え、実践していきたいと思います。